「できるか」ではなく「いつやるのか」

2023年9月、SBI証券は国内株式の売買手数料をはじめ各種手数料を無料化する「ゼロ革命」をスタートしました。手数料を収益源とする同業他社にとっては死活問題となる変革の始まりであり、社内からの心配の声も当然ありました。

北尾吉孝(きたお・よしたか)
北尾吉孝(きたお・よしたか)
SBIホールディングス会長兼社長
1951年、兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村證券事業法人三部長などを経てソフトバンク入社、常務取締役に就任。99年に創業し、同年より現職。

それでも実施に踏み切ったのは、ひとえにお客さまの利益に貢献する「顧客中心主義」を貫くためです。おかげさまで「ゼロ革命」はお客さまからの圧倒的な支持を得ています。当社の証券口座数は手数料無料化の構想を発表した19年当時の約3倍に及ぶ1500万口座超へと拡大し、SBIグループ全体の顧客基盤も国内外で7800万件を突破しました。

従業員55人でスタートした当社が今日まで成長を続けられたのは、創業時に金融業界の構造を大きく変える2つの潮流にうまく乗れたからにほかなりません。その潮流とは、政府による大規模な金融制度改革と、インターネットの普及です。

SBIグループ創業以前、野村證券に勤めていた私は、米国駐在中にインターネットの革新的な可能性をいち早く認識する機会を得ました。さらに帰国後、孫正義氏の誘いを受けてソフトバンクに参画し、インターネットビジネスの最前線に身を置いたことで、金融はインターネットと極めて親和性の高い産業であるという確信を深めます。

金融業は数字やデータの取引が中心であり、物理的なモノの移動を伴わない、いわば情報産業です。低コストでリアルタイムかつグローバルに情報をやり取りできるインターネットとの相性は抜群です。なかでも、企業とお客さまの間に存在する「情報の非対称性」が解消される点が画期的でした。

従来の証券業は、証券会社が顧客よりも多くの情報を握ることで成立していました。富裕層の名簿をもとに飛び込み営業を行い、顧客にとって必要ではない取引をもっともらしく勧め、損をさせることも珍しくありませんでした。このビジネスモデルに社会的意義があるとすれば、せいぜい富裕層から吸い上げた資金を市場に流す「所得再分配」機能くらいだろうと、当時の私は思ったものです。

しかし、インターネットがその構図を根本から覆しました。証券会社の優位性が失われ、お客さまが主体的にサービスを選ぶ時代においては、「顧客中心主義」を徹底する企業が選ばれます。そしてお客さまの利益を最大化するには、手数料は可能な限り安くする必要があります。

折しも1990年代後半、橋本龍太郎内閣による規制緩和の追い風が吹き、インターネット証券の参入と手数料の完全自由化が実現します。私はSBI証券の前身であるイー・トレード証券において、業界最低水準の手数料を掲げました。社内からは「大赤字になる」と反対の声も上がりましたが、「私が責任を持つ」と押し切り、断行しました。

決断の指針となったのが、ヘーゲルの「量質転化の法則」です。これは、量の積み重ねが一定の数を超えると質の変化をもたらすという考え方です。

まずは安価な手数料によって、他を圧倒する顧客の“量”を獲得する。顧客の増加は、商品の充実やシステムの強化など、サービスの“質”の向上を促し、さらに新たな顧客を呼び込む。この好循環こそが、私が描いた成長シナリオでした。

(構成=水嶋洋大 撮影=市来朋久 図版作成=大橋昭一)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
世界一の超豪華列車「ななつ星」を九州の鉄道会社がつくれた理由
カタログ通販ベルーナ創業者が「未経験のホテル事業」で大成功できたワケ
「ネット銀行に勝てない」を覆し1000万人獲得…MUFG社長が語る「グループ連携」実現の裏側
なぜビジネスエリートほど「サウナ」にハマるのか
毎朝3時45分に起きて25キロ走る「究極の朝活王」