成長を支えるのは創業時からの経営哲学

私たちコーナン商事は、DIY用品や園芸用品などを売る「ホームセンター」として大阪・近畿圏からスタートし、現在は全国へと店舗を展開しています。かつてホームセンター業界は、独自の品揃えが強みとなり「店さえ出せば売れる」という時代がありました。しかし現在は、ドラッグストアやスーパーでも同じような商品を扱うようになり、業界の境界線が曖昧になりました。さらにM&Aによる業界再編が進むなど、環境は激変しています。こうした中、競合他社の多くが「守り」に入っているのが現状です。ここ数年の店舗数推移を見ても、業界大手の競合はほぼ横ばいです。

疋田直太郎(ひきだ・なおたろう)
疋田直太郎(ひきだ・なおたろう)
コーナン商事社長。1956年、大阪府生まれ。78年、大学4年生の時にコーナン1号店・泉北店のオープニングスタッフとして参加。翌79年、コーナン商事入社。取締役店舗運営部長などを経て、91年に副社長就任。2013年から現職。

対して、当社は2010年代半ばから一貫して拡大基調を続けています。直近の25年2月期においても増収増益基調を維持し、営業収益は5014億円と過去最高を記録しました。なぜ飽和市場の中で、力強い成長曲線を描き続けることができるのか。その背景には、時代の変化に柔軟に対応するとともに、創業時から貫いてきた2つの経営哲学があります。それは「お客様の要望は何としても断らない」と、「失敗を恐れず攻める」です。

そもそもコーナン商事という会社自体が、時代の変化に対応するために生まれたものです。父・疋田耕造が1950年代に始めた当社は、もともと石油を販売していました。「コーナン」の「コー」は港、「ナン」は南。大阪湾の南で、トラック向けの軽油スタンドを営んでいたことに由来します。しかし、70年代に2度のオイルショックに見舞われたのを機に、父は「中東情勢に左右されない、安定した事業はないか」と模索し、方向転換を図ります。それがまだ日本では珍しかったホームセンター事業でした。大阪初のホームセンターであるコーナン1号店がオープンしたのは、78年のことです。

(構成=長山清子 撮影=加藤 慶)
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