定年後も再雇用で働き続ける人が増えている。心理カウンセラーの大野萌子さんは「制度としては恵まれているはずなのに、意欲を失い静かに燃え尽きていく60代が後を絶たない。そういう人は、周囲との間に見えない壁を自分で作ってしまっている」という――。
シニアビジネスマン
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです

給与だけでなく「存在感」も下がっていく

定年前は50人の部下を抱え、毎日ひっきりなしに相談が来ていた。だが再雇用になった途端、デスクの電話は鳴らず、誰も自分を頼ってこない。周囲の忙しそうな声だけが遠く聞こえ、「自分はもう必要ないのか」と胸の奥が静かに冷えていく。

与えられた仕事はこなしているはずなのに、帰り道でふと「今日、自分は何をしたんだろう」と思う。以前のような達成感も、誰かに頼られる感覚もない。淡々と時間だけが過ぎていき、心にぽっかり穴が空いたような虚しさが残る。

後輩が自分を飛ばして、直接上司に報告しているのを見かけた。悪気がないのは分かるが、胸の奥がチクリと痛む。かつては自分が中心だった会議も、今はただのオブザーバー。存在感が薄れていくのを、どう扱えばいいのかわからない。

こうした経験は、再雇用後の60代に非常によく見られるものです。

再雇用は、制度としては「働き続けられる」よい仕組みですが、実際には役割の縮小・裁量の減少・収入の大幅減という三重苦に直面することになります。

私は産業カウンセラーとして、週に1〜2回、人事や労務の方と打ち合わせを行います。そこで最近よく耳にするのが、定年後に再雇用で働く60代男性からの悩みです。60歳で定年を迎えてもその後、65歳までは嘱託という立場で同じ会社で再雇用されるケースがほとんどです。仕事の内容は変わらないのに収入が半減したという話も聞きます。

数字が示す「二段階減収」の現実

定年・再雇用をめぐる環境は、数字の面でも厳しいものがあります。国税庁の「令和5年分民間給与実態統計調査」によると、55〜59歳の平均年収は545万円ですが、60〜64歳では445万円と約100万円減少します。さらに65〜69歳になると354万円まで下がり、50代後半との差は約190万円にもなります。

厚生労働省の「平成20年高年齢者雇用実態調査結果の概況」でも、定年後の再雇用者の賃金は「定年時の6〜7割程度」が最多(34.8%)で、「4〜5割程度」になるケースも16.1%あります。役職定年の段階ですでに平均で約20〜23%の年収ダウンが起き、そこから定年・再雇用でさらに下がるという、二段階の減収を経験する方も少なくありません。

しかし、再雇用後の苦しさの本質は、給与の減少だけではありません。多くの方が「お金よりも、存在感を失ったことがつらい」とおっしゃいます。相談されない、意見を求められない、名前が会議の招集メールに入っていない。そうした日常の小さな「疎外感」が積み重なって、自分の価値が目減りしたという感覚から、静かに燃え尽きていくのです。