トヨタ生産方式はユーザーの好みを予測しない
“トヨタ生産方式は予測を避ける。予測は絶対に当たらないからだ。それよりも、現地へ行ってユーザーの利用実態を知り、体験する”
豊田章男が販売、物流にトヨタ生産方式を広げていったことは同方式の性格を変えた。生産工程ではムダをなくしてリードタイムを縮めることで、結果として生産性は上がり、原価低減ができた。物流、販売でも結果は同じだ。物流であれば運送、積み込み、販売ではパーツの取り付け、点検といった実作業がある。実作業の工程にトヨタ「生産」方式を当てはめればムダな作業がなくなり、リードタイムは短縮される。そして、重要なことはリードタイム短縮の対象となる「工程」が後ろへ延びたことだ。販売に同方式が導入されたことで、最終的な後工程はクルマを買うユーザーになったのである。
トヨタ生産方式はつねに後工程を意識する。後工程が欲しいものを欲しい量だけつくる。トヨタ自工と自販が分離していた時代は、生産工場はトヨタ生産方式を守り、リードタイムを縮めてクルマを生産した。だが、完成車はトヨタ自販が手配した物流を使い、販売店の新車センターに送られた。工場を出たとたん、物流をコントロールしたのは自販の側だった。
結果として押し出されるように運ばれてきたクルマは販売店の新車センターで滞留した。売れないクルマがあふれていたのである。それを見た豊田章男が率先して販売と物流の改善を始めた。それから30年近くが経ち、トヨタのクルマづくりは国内では注文生産に近づきつつある。最終の後工程であるユーザーが欲しいものをつくるように変わってきている。ユーザーがオーダーしたシートの色、仕様などを生かした生産をするようになってきた。さらに進化は続いている。量産車の生産だけでなく、新車の開発でもトヨタは詳細なユーザー情報を取り込むようになった。
従来、新車の開発では開発側の担当がユーザーの好みを調査分析していた。しかし、それは「好み」の調査だ。好みとは近未来の予測だ。
……今後、どういったデザインが流行りそうなのか。ユーザーが近未来に車を買うとした場合、関心を払うのは車の機能なのか、デザインなのか、それともパワートレインの種類なのかを専門家、ユーザー、人を集めて聞いたのである。
しかし、トヨタ生産方式は予測を避ける。予測は絶対に当たらないからだ。それよりも、現地へ行ってユーザーの利用実態を知り、体験する。そして、ユーザーが困っている問題があれば解決して商品に生かす。同方式における問題解決とはユーザーが困っていることを現場に行って調べて体験してくることだ。
クルマの開発で忘れてはならないのはクルマそのものに機能を付け加えたり、クルマを飾ることではない。そんなことをすればクルマは重くなり、価格も高くなる。あくまで主役はクルマに乗るユーザーだ。運転する人、あるいは車両に乗せてもらう人だ。安全で乗り心地のいいクルマをつくることが大きな目的なのである。クルマをはじめとするモビリティは人のためにできたものだ。開発、設計ではつねに人の存在、人の気持ちを頭に置いて考えなくてはならない。
豊田章男がトヨタ生産方式を物流、販売に導入し始めてから、ユーザーの生活や利用実態を現地現物で調べ上げたうえで開発されたクルマがつくられるようになった。彼が社長になった2009年以降、トヨタからリリースされたクルマは需要や流行の予測から生まれたものとは少し違っている。トヨタのクルマは「作品」ではなく、ユーザーの「こういうクルマが欲しい」という願いが形になったものに変わった。
かねてより「トヨタ生産方式が進化したらカウンターの寿司屋になる」と言われてきた。寿司屋はカウンターに座った客が「マグロの赤身をくれ」と言ったら、サクからマグロを切って目の前で握って出す。販売、物流にトヨタ生産方式が導入されてから、トヨタのクルマは明らかに変わった。
典型は業務用のそれだ。たとえばタクシー専用車のジャパンタクシー、ピックアップのハイラックス、タクシーにも使える乗用車のカムリだ。この3つの車は開発段階から徹底的にユーザーの困りごとを見つけ、改善してつくった。開発の手法にもトヨタ生産方式が入っている。3つのクルマは長く残るものとして開発、設計された。流行に左右されるものではなく、ユーザーに奉仕するために開発したものだ。利用者に対して、自分たちが絞り出した智慧の塊をつぎ込んだクルマなのである。
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