不採用になった試作品をあえて発売した理由
自動車保険は「事故が起きた後に役立つもの」と考えられてきました。ですが私は、損保会社の役割はそれだけではないと考えています。お客様の日常にもっと深く寄り添うことができれば、自動車保険は事故を未然に防ぐ力も持てるはずです。
新納啓介 Keisuke Niiro
1965年、岡山県生まれ。 88年早稲田大学商学部卒業後、大東京火災海上保険(現・あいおいニッセイ同和損害保険)入社。2018年あいおいニッセイ同和損害保険執行役員などを経て、22年より現職。
通信技術を利用した当社の「テレマティクス自動車保険」は、2004年に実走行距離に連動して保険料が算出される「PAYD(ペイド)」の発売以来、安全運転の度合いを価格に反映する現在の仕組みへと進化しながら広がってきました。契約件数は約220万台にまで拡大し、18年度からの累計契約台数をもとにした試算では、約12万件の事故削減に貢献しています。
さらに、蓄積した走行データをもとに急ブレーキが多い場所や危険運転が起きやすい地点を特定し、自治体や警察に提供する取り組みにもつながっています。事故を補償するだけでなく、街の安全にも役立てるところまで、損保会社の役割は変わりつつあるのです。
ただ、ここまでの道のりは順調ではありませんでした。当社は早い段階からテレマ保険の可能性に注目し試行錯誤を続けていました。PAYDの次の一手として、トヨタ自動車と共同開発したのが「コネクテッドカー型」です。これは車そのものに備わった通信機能を使ってデータを送る仕組み。さらに、通信機能を備えた専用端末を取り付けるだけで手軽に始められる「ドライブレコーダー型」も発売しました。いずれも運転データを取得し、安全運転の度合いに応じて保険料が変わる仕組みです。我々の自動車保険は発想でも機能でも、時代を先取りしていました。
それでも、普及は思うように進みませんでした。原因は商品の中身ではなく、使い始めるまでの負担にありました。たとえばドラレコ型の設置には、配線を内装の裏に通してヒューズボックスにつなぐ作業が必要です。車に詳しい方でも簡単ではなく、専門業者に依頼すれば時間も費用もかかります。
17年の東名高速道路でのあおり運転事件以降、ドラレコの普及が一気に進んだことも追い打ちをかけました。すでに自前のドラレコを設置しているお客様に、保険用にもう一台付けてほしいとはお願いしにくい。商品に価値があっても、入り口でためらわれてしまえば広がりません。その壁を、長いあいだ越えられずにいたのです。
その壁の正体を実感したのは、北陸担当の執行役員として現場に接していたときのことです。代理店やお客様の声を聞くたびに、取り付けへの負担が選択を左右している現実に直面しました。私は商品部(商品開発担当)の出身ではありませんから、機能や精度の積み上げよりもお客様が使いやすいかどうかのほうが気になったのです。現場の声を聞くうちに、従来の延長線上ではこの保険は広がりにくいという思いが強まっていきました。
そんななかで、20年春に商品開発担当役員として本社へ異動。次の商品としてリリースが決まっていたのは、すでにドラレコを設置しているお客様向けに映像や録画機能を省いた装置だったのですが、試作品を見てみるとフロントガラスに設置する「黒くて大きな機器」でした。
「カメラがないとはいえ、この大きな装置を取り付けてもらえるのか」
新たな車載器は生産に着手する寸前まで進んでいます。着任したばかりの私が「待ってくれ」と言えば、当然反発が起こります。それでも、このままでは普及しないという思いは消えませんでした。
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