10球中10球が同じ感触「均一性」で信頼獲得
バレーボールを楽しんだことがある人なら、一度は「MIKASA」のロゴが入ったボールを使ったことがあるでしょう。ミカサのボールは、FIVB(国際バレーボール連盟)が主催する試合の公式試合球になっています。下部組織の大陸連盟(アメリカ、中南米、ヨーロッパ、アジア、アフリカ)すべてでも公式試合球。近年では2024年に開催されたパリオリンピックのバレーボールの試合で公式球として採用されています。
試合本番で使われる球は、練習でも選ばれやすい。シェアについて確かなことは言えませんが、世界でもっとも親しまれているバレーボールの一つだとは言えるでしょう。
ミカサは広島県の企業です。どうして日本の地方メーカーが世界一のバレーボールメーカーになれたのか。それはバレーボールに参入した初期から世界戦略を描いていたからにほかなりません。
1917年に創業したミカサは、ゴム製品メーカーとして出発しました。ゴム草履やリヤカーのタイヤなどさまざまなゴム製品をつくっていて、その中の一つにドッジボールがあった。戦後、ボールづくりを本格的に展開する中で、64年に東京オリンピックがあり、私たちがつくったボールが初めてバレーボールの国際公式球に採用されました。96年にビーチバレーがオリンピック種目となった際にもミカサのボールが選ばれています。
オリンピックの公式球に選ばれた経験を足掛かりにして動いたのは私の祖父でした。FIVBは47年に発足した比較的新しい組織で、資金的に豊かだったわけではありません。祖父は本部のあるスイスに乗り込んで、スポンサー契約をまとめあげた。69年に公式試合球になって以降、ずっと選ばれ続けています。
祖父がスイスに飛んだのは、世界トップを目指すならバレーボールしかないと考えたからでした。
当時、世界でもっとも売れる球はサッカーボールで、すでに花形のプレーヤーがいました。また、アメリカならバスケ、日本なら野球、インドならクリケットというように、世界各地にはそれぞれ人気スポーツがあり、その地域では地場のメーカーが強い。世界で広く親しまれているのに、市場規模はまだ小さく、大手メーカーが積極的に力を入れていないスポーツは何か。それがバレーボールでした。
もちろんニッチなだけでは成長できません。ただ、64年の東京オリンピックで「東洋の魔女」ブームが起きたように、バレーボールは女性にも人気のスポーツ。女性がスポーツすることがもっとあたりまえの時代になれば、市場が大きく成長する可能性がありました。祖父はそこまで読んで、ニッチな段階で早めに手を打っておこうとスイスに飛んだのです。
バレーボールには空気を入れる穴があり、その部分はどうしても重くなります。一部だけが重いと球は真っすぐ飛ばないため、他のところに錘おもりをつけてバランスを取ります。また、バレーボールはタイヤのチューブのようなゴム球に約3キロの長さの糸を巻くことで強度を出し、形を保持できるようにします。巻き方に偏りがあると、やはり真っすぐ飛びません。真ん丸であることが絶対の条件です。
祖父は「ええもんつくらにゃいけん」が口癖で、品質へのこだわりは人一倍強かった。ミカサがFIVBとスポンサー契約を結べたのも、品質がいいボールをつくっていたからです。
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