お金持ちはどんな車に乗っているのか。富裕層マーケティングを手掛ける西田理一郎さんは「『一目でわかる富の象徴』を誇示する時代は変わりつつある。彼らの消費哲学を紐解くと、その本質は意外にも『走り屋文化』の黄金期(1980年代~90年代)を生きた日本の中高年の哲学と重なっている」という――。

風の軌跡をなぞる宇宙船のようなフォルム

ある土曜の午後、表参道の交差点に立っていた。

表参道
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信号待ちの車列に、赤いフェラーリが2台、黄色いランボルギーニが1台。V8やV12の咆哮が、ケヤキ並木の間を重低音で揺らしている。歩道を歩く若いカップルが振り返り、スマートフォンを構える。東京の週末ではもはや見慣れた光景だ。

ところが、そのフェラーリの2台後ろに、空気を纏うように描かれたボディラインの車がいた。

マクラーレン
筆者提供

周囲の喧騒を吸い込むかのように、地面に吸い付くように低く、ボディラインは空力そのものをデザインへ昇華した造形。色は深いアントラシートで、まったく自己主張していない。

横断歩道を渡りかけた男性が、足を止めた。フェラーリには見向きもしなかった彼が、その車の前で立ち止まり、しばらく動かなかった。

マクラーレンだった。

フェラーリでもランボルギーニでもなく、マクラーレンを選ぶ。この選択には、単なる「スーパーカー好き」という言葉では片付けられない、一部の車好きな富裕層だけが持つ特異な「消費哲学」が隠されている。

カタログの数字比較には興味がない

スーパーカーの世界には、独特の「比較文化」がある。

自動車雑誌やYouTubeのレビュー動画を開けば、必ずと言っていいほど登場するのがスペック比較だ。

マクラーレン・アルトゥーラ(クーペ):
・ システム最高出力:700PS(※2025年マイナーチェンジ後のスペック。来型は680PS)
・ 0-100km/h加速:3.0秒
・ 車両本体価格(税込):3440万円〜

フェラーリ 296 GTB:
・ システム最高出力:830PS
・ 0-100km/h加速:2.9秒
・ 車両本体価格(税込):3939万円〜

ランボルギーニ・テメラリオ:
・ システム最高出力:920PS
・ 0-100km/h加速:2.7秒
・ 車両本体価格(税込):約4207万円〜

これら数字を並べて、「どちらが速いか」「どちらがコスパがいいか」を議論する。スーパーカーファンの定番の楽しみ方であり、私もかつてはそうした数字の虜になっていた時期がある。

スペックだけの比較だとマクラーレンが決して頭抜けているわけではない。

しかし、実際にマクラーレンのオーナーたちと接する機会が増えるにつれて、あることに気づいた。

彼らにスペックの話を振ると、決まって困ったように笑うのだ。

「馬力がいくつかって? すみません、正確に覚えてないんですよ」

これは謙遜ではない。本当に覚えていないのだ。

麻布や表参道でスーパーカーを見かけたとき、多くの人はまずメーカーのエンブレムを確認し、次に「誰が乗っているんだろう」と運転席を覗き込む。

フェラーリやランボルギーニの場合、そこに座っているのは「わかりやすい成功者」であることが多い。派手な時計、オーダーメイドのジャケットに身を包み、「見られること」を楽しんでいる。

フェラーリ車のロゴのハイアングルショット
写真=iStock.com/Wirestock
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しかし、マクラーレンのシートに座っているオーナーは、少し違う。

サングラスこそしているが、パタゴニアのフリースにジーンズ、スニーカー。拍子抜けするほどシンプルだ。

彼らは見られることに興味がない。正確に言えば、「見られること」と「理解されること」はまったく別の概念だと知っている。

では、彼らは何を基準に選んでいるのか。