2025年の国勢調査速報で、水戸市は50年間守り続けた県内人口首位の座をつくば市に明け渡した。水戸駅に降り立つと、駅周辺は駐車場ばかりで、かつて「日本で2番目のファッションビル」と謳われた商業施設も、現在は駐車場になっている。2位に陥落した水戸は、どうなっているのか。街歩きライターの杉浦圭さんがリポートする――。(後編)

50年ぶりに首位を失った県都

2025年の国勢調査速報で、茨城県の人口地図が塗り替わった。つくば市26万8991人に対し、水戸市は26万5773人。その差は3218人。水戸は1975年の調査以来、50年間守り続けてきた県内人口首位の座を、ついに明け渡した。2020年からの5年間で人口は4912人減少し、つくば市が増加を続ける一方、水戸は緩やかな減少が続いている。

【図表1】水戸市とつくば市の人口推移(国勢調査)
水戸市とつくば市の人口推移、1980年時点では、水戸市の人口がつくば市を10万人以上も上回っていたが、つくば市が右肩上がりに人口を増やし続け、2025年に水戸市の人口を超えた

かつての水戸は、名実ともに茨城の中心だった。1965年の茨城県総合振興計画には、水戸市が県全体の小売販売額の27.6パーセントを占める「県商業の中心地」と記されている。その水戸が、いまや人口では県内2位となった。

もっとも、人口順位が逆転したこと自体が問題なのではない。順位の変化は、県都として街が果たしてきた役割が少しずつ変わってきたことの表れである。その変化は、駅前を歩くとよくわかる。

駅を出るとまず目に入るのは駐車場

水戸駅北口のペデストリアンデッキから地上へ降りると、最初に目に飛び込んでくるのは店の看板ではなく「P」の文字だった。北口から100メートル以内に、独立した時間貸し駐車場が少なくとも5カ所ある。十数台規模の平面駐車場が点々と並び、通りの間口を細かく分断している。路面店が連続するはずの県都の駅前としては、少し意外な風景である。

1978年に開業した「サントピア」の跡地。現在は駐車場になっている
筆者撮影
1978年に開業した「サントピア」の跡地。現在は駐車場になっている

なかでも目を引くのが、大きな青空駐車場になった一角だ。ここにはかつて、サントピアが建っていた。1978年5月に開業した、渋谷パルコに次ぐ「日本で2番目のファッションビル」と謳われた施設である。2007年5月の閉館後、建物は9年間にわたって残され、2016年にようやく解体された。それから約10年が過ぎたいまも、跡地は駐車場のままである。

もちろん、駐車場が多いこと自体は水戸の失敗ではない。百貨店全盛期から駐車場不足は中心市街地の課題であり、市は駐車場整備計画や駐車場事業経営戦略を策定し、長年にわたって整備を進めてきた。車で訪れやすい街になったこと自体は、行政が積み重ねてきた成果でもある。

問題は、その先だった。水戸市は中心市街地活性化の資料で、「モータリゼーションの進展や郊外への大型商業施設の進出等により、徐々に求心力が低下した」と分析している。車社会への対応が進むにつれ、人々は車で目的地へ向かい、用事を済ませるとそのまま帰るようになった。店から店へ歩く回遊は次第に薄れ、中心街は「歩く街」から「車で目的地へ向かう街」へと姿を変えていった。

駅前に並ぶ「P」の看板は、衰退の象徴というより、水戸という街が歩んできた都市構造の変化を映し出している。