水戸駅直結の駅ビルで、来館者を迎えるはずの一等地が空いたままになっている。上層階でも空きテナントや暫定的な催事スペースが目立ち、駅南口の水戸オーパも2026年7月末で「オーパ」としての営業を終えた。かつて5つの百貨店と数多くの大型店が競い合った「買い物の街・水戸」に、いま何が起きているのか。街歩きライターの杉浦圭さんが現地を歩いた――。(前編)

駅直結ビルに現れた空き区画

6月下旬の平日午前11時すぎ、水戸駅の改札を抜けた。東京駅から特急で約1時間20分。駅前は県都の玄関口らしく人の流れが途切れない。そのまま歩を進めると、駅ビル「エクセル」の入口が現れる。

1985年に開業した駅ビルで、開業時には年商95億円を目標に掲げていた。滑り出しは目標を上回る好調ぶりで、初年度の売上高は約106億円。2年目も前年比17%増のペースで伸び、周辺の大型店が対抗して一斉に店内改装に走ったほどだった(日本経済新聞1986年9月19日付)。駅前の勝者として出発した駅ビルである。

ところが、館内に足を踏み入れてすぐ、意外な光景が目に入ってきた。本来なら来館者を迎える一等地、いわばウェルカムテナントの区画が空いたままになっていたからだ。店名の看板も閉店を知らせる貼り紙もない。ただ仕切りだけが残され、駅ビルの「顔」となる場所が空白になっている。

水戸駅の南口。駅構内や出口周辺には人通りがあるが……
筆者撮影
水戸駅の南口。駅構内や出口周辺には人通りがあるが……

次に上の階へ向かう。エスカレーターを乗り継ぐたび、フロアの奥に空き区画が見える。広い床を埋めているのは、期間限定の催事スペースやカプセルトイ、マッサージ機のコーナーだ。いずれも本来のテナントを埋める暫定的な使われ方である。6階のレストランフロアまで上がると、営業中の店舗の間に照明の落ちた区画が挟まり、昼どきにもかかわらず通路を歩く人はまばらだった。

一方で、人が集まっている場所もある。地下の食品フロアだ。平日の11時半、買い物かごを手にした高齢者が通路を行き交う。改札前には成城石井もあり、かつて百貨店の地下食品売り場が担っていた役割の一部を、駅ビルが引き受けているようにも見える。

地下には人が集まり、上層階では空き区画が目立つ。同じ建物の中で生まれたその対照的な光景が、いまの水戸駅前を象徴しているようだった。では、この駅前はどのように形作られ、なぜ崩れたのか。まず歴史からさかのぼりたい。