「12の大型店」が競い合っていた

そもそも水戸は、大型店の激戦地だった。1975年の住宅地図を開くと、水戸駅北口から大工町にかけての国道50号線沿いに、少なくとも12の大型商業施設を確認できる。京成百貨店(志満津百貨店)、伊勢甚、丸井、西友、ダイエー、高島屋ローズランド、十字屋、田原屋――。百貨店、ファッションビル、総合スーパーが、約2キロの通りにひしめいていた。

このうち京成と伊勢甚は、百貨店を名乗った地場の2店である。丸井は月賦販売から発展した「月賦百貨店」の流れをくむ店で、高島屋ローズランドは百貨店・高島屋の系列会社が運営した総合店だった。

さらに1988年、西友が百貨店業態の「水戸西武店」へと転換する。名乗った店、ブランドを掲げた店、業態として営んだ店。本稿では、これらをまとめて「百貨店」(*1)と数える。高島屋ローズランドが閉店する1994年までの6年間、この街には5つの百貨店が同時に看板を掲げ、通りは文字どおり買い物の激戦区だった。