いまでこそ恵比寿は、東京を代表する「住みたい街」のひとつとして知られている。だが、恵比寿ガーデンプレイスが開業する前の駅周辺は、工場や古い住宅、商店街が混在する“都心の下町”のような場所だった。街はこの30年で、どのように変わっていったのか。街歩きライターの杉浦圭さんがリポートする――。(後編)

街には若者があふれ、施設には住民が集まる

取材で訪れた4月下旬の日曜15時頃、JR恵比寿駅周辺は、20〜30代の若者で賑わっていた。

恵比寿銀座のアーチをくぐる若いカップルや外国人観光客、駅前通り商店街のレトロな喫茶店に並ぶ女性グループ。一方で、ベビーカーを押す家族の姿はほとんど見かけない。子ども連れがいたのは、駅から少し離れた恵比寿南公園くらいだった。

日曜15時頃の恵比寿駅東口。ガーデンプレイスとは異なり、家族連れよりも若者が圧倒的に多い
筆者撮影
日曜15時頃の恵比寿駅東口。ガーデンプレイスとは異なり、家族連れよりも若者が圧倒的に多い

そこから動く歩道で約5分、駅から400メートルほど歩いて恵比寿ガーデンプレイスに入ると、客層は大きく変わる。センター広場ではベビーカーを押す家族が行き交い、犬を連れた夫婦がベンチに座っている。地下のスーパー「ライフ」では、子連れの母親がカートを押して買い物をしていた。

同じ恵比寿駅から徒歩圏内にありながら、駅前には若者が集まり、恵比寿ガーデンプレイスには近隣住民が集まる。なぜ、街全体には若者があふれているのに、その中心にあるはずの恵比寿ガーデンプレイスには、あまり若者が集まらないのか。

恵比寿ガーデンプレイスのセンター広場。ベビーカーや犬を連れた住民が行き交う
筆者撮影
恵比寿ガーデンプレイスのセンター広場。ベビーカーや犬を連れた住民が行き交う

いまでこそ恵比寿は、東京で「住みたい街」を尋ねれば必ず名前が挙がる街だ。SUUMO住みたい街ランキングで2016年に1位を獲得し、その後も毎年、上位常連となっている。だが30年前まで、駅周辺には工場や古い住宅、商店街が混在していた。決して、東京で人気の街として知られる場所ではなかった。

施設と街のあいだに生まれている人の流れのずれは、この街がたどってきた30年の変遷を、そのまま映し出しているように見える。その変化を、歴史から振り返ってみたい。