こうして東野圭吾はベストセラー作家になった
日本を代表するミステリ作家・東野圭吾が2026年7月23日に逝去した。その事実が公表されたのは、同じ月の27日のことだった。死因は大腸がんで、数年前から闘病を続けていたという。27日の夜、店頭に並ぶより一足先に手元に届いていた『永遠の記憶』――図らずも著者の遺作となった作品に目を通して、私はその内容に、訃報から受けたのとほぼ同等の大きな衝撃を受けていた。ある意味、この上なく遺作に相応しい内容であり、大変な問題作でもあると思う。
何がそれほど衝撃的だったのか。それを語るのは後に回し、東野圭吾とはいかなる作家だったのかを紹介しておきたい。
1958年、大阪市に生まれた著者は、『放課後』(1985年)で第31回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビューを果たした。その後、『秘密』(1998年)で第52回日本推理作家協会賞、『容疑者Xの献身』(2005年)で第134回直木賞および第6回本格ミステリ大賞、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2012年)で第7回中央公論文芸賞、『夢幻花』(2013年)で第26回柴田錬三郎賞、『祈りの幕が下りる時』(2013年)で第48回吉川英治文学賞……といった具合にさまざまな文学賞を受賞した。
作品ではなく個人に与えられる賞としては、野間出版文化賞、菊池寛賞、日本ミステリー文学大賞を受賞し、紫綬褒章、紺綬褒章も受章している。2009年から2013年までは日本推理作家協会の理事長を務めた。著作の国内累計発行部数は2023年の時点で1億部を突破した桁外れのベストセラー作家であり、しかもその作品群は海外にも翻訳され、特に韓国や中国などでは圧倒的な人気を誇っていた。日本で最も知名度の高い純文学作家が村上春樹なら、最も知られたエンターテインメント作家は東野圭吾だった――それくらいの位置にいたと言っていいだろう。
デビュー13年後に『秘密』でブレーク
ただし、彼の作家としての道のりは、最初から順調だったわけではなかった。デビュー翌年には専業作家となっているが、刊行された時点では増刷されない作品も多く、文学賞の候補にノミネートされながらなかなか受賞の機会には恵まれない時期が続いた。
しかし、『名探偵の掟』や『どちらかが彼女を殺した』などを発表した1996年あたりから注目度を増し、1998年の『秘密』でついに大ブレークを果たした。その後のベストセラー作家としての歩みについては説明の必要もないだろう。凝りに凝った謎解きミステリから、人情味を重視した小説、心理サスペンス、コミカルな作品、ファンタジー的設定を採り入れたものなど、その作風は幅広かったが、後世に残る二大代表作は『白夜行』(1999年)と『容疑者Xの献身』ということになるだろう。


