プレジデント動画シリーズ「リーダーの器」。第12回は富士フイルムホールディングスの後藤禎一社長です。無料会員登録で動画をご覧いただけます。ぜひご登録ください――。

シェアのない国で、ひとりで決めた

 後藤禎一さんが自ら「会社人生が変わった」と語るのは、30代半ばのベトナム赴任です。事務所も何もないところへ、初代所長として送り込まれました。

国内営業時代はシェア7割超の世界。ところがベトナムのシェアは数%もない。「こういう世界があるんだ」と初めて感じたといいます。

やることは一つ。日本で先人が築いたものを、今度は自分がゼロからつくる。特約店を開拓し、現像所を整え、供給を切らさない。相談できる先輩はいません。

しかし加工工場を立ち上げる直前、アジア通貨危機が襲います。組んでいたインドネシア企業の資金が回らなくなった。当時のベトナムに日本の銀行はなく、欧米の銀行と高い金利で交渉し、製品を担保に差し出したといいます。

紙一重で工場は動き出し、最終的に有数の高シェア国となりました。

後藤さんは、このベトナムでの経験を一番のピンチだったと振り返ります。ただ、語り口に暗さがありません。

「いまだにね、会社人生右肩上がりなんですよね。運が強いです」

その「運」には条件があるといいます。受け身になってはいけない。引いても逃げてもいけない。半歩でも前に立って受けて立つ。考え抜き、決めたことを信念を持って実行に移す。そうすると運が強くなる、と。

「引くと逃げますよ、運が」

本業が消え、「次は何で食うのか」

2000年をピークに、写真フイルムの需要は崩れていきます。

「次、何で食わないといけないんだ」

行き着いた答えが医療でした。後藤さんは中国に、医療分野の製品だけを扱う販売会社を新たに立ち上げ、自らトップに就きます。帰国後、2013年にメディカル事業の事業部長へ。当時2000億円弱だった売上は、いま7000億円規模です。その道のりは、十数件のM&Aを重ねる判断の連続でした。