「ゴミの山を築いてきた」
三井物産で30年以上、新規事業を次々に立ち上げてきた土屋哲雄さんは、自らのキャリアをこう振り返りました。「売上100億円はすぐできるんですよ。でも、それ以上いったこともない」。社内での評価は「ジャングルファイター」。ゲリラ戦には強いが、戦略性がない。大きな戦いには勝てない――。
そんな土屋さんに転機が訪れます。60歳を目前にして、叔父であるベイシアグループ創業者の土屋嘉雄氏から声がかかりました。「何もしなくていいから来い」。ワークマンへの入社です。「サラリーマンで疲れてたんで、何もしなくていいってすごくいいかなと思って、めちゃめちゃ喜んで帰りました」。
本当に2年間、何もしなかった。その代わり、北海道から九州まで、スーパーバイザーに同行して加盟店を回り、ひたすら社員の話を聞き続けました。
「それまで30何年間、人の話は聞いたことがなかった」と言います。地下鉄に乗るときもホームで1分以上待たないよう時刻表を暗記していた商社マンが、時間を持て余す日々の中で、まったく別の自分と出会うことになります。
全国行脚してわかった社員の閉塞感
2年間で見えてきたのは、社員の閉塞感でした。創業以来、作業服だけを愚直に深掘りしてきた会社。オペレーション能力は凄まじい。しかし社員の8割は「新しいことに挑戦したい」と感じていた。「社員がワクワクしていない。エキサイトするような仕事ができないものか」。土屋さんはそこに火を点けるため、動きます。
2018年、新業態「ワークマンプラス」の1号店をららぽーと立川立飛店に出店。マネキンを変えただけで、売っているものは既存のワークマンと同じ。それでも3時間を超える行列ができました。周囲のアウトドアショップを見に行くと、自社製品のほうが機能は上で、価格は10分の1。「これは器だけ作ればいい。中身はワークマンの社員が作ってくれる」。商社時代は100億円で飽きて人に渡していた男が、初めて「大きな戦い」に踏み出した瞬間でした。
そこから売上は4倍に伸び、店舗数は1000を超えてユニクロを抜きました。しかし土屋さんは「自分の判断は半分間違う」と公言して憚りません。
円安の中で値上げしないと宣言し、2期連続の減益。大型ショッピングモールでは、家賃が安い店ほど広い面積を取った結果、家賃と業績が逆比例するという失敗も。「30店舗のうち20店舗が逆でした。恥ずかしい話です」。「ワークマン女子」は大ヒットしたものの、男性客が入りづらい店を作ってしまい、2年で店名を変更。「試行錯誤で店名を5年間に3回変えた。みっともない話です」。これだけ間違いを重ねながら、なぜ会社は成長し続けるのか。土屋さんの答えは明快です。「うちは戦略という言葉が禁句です」。上が正しい方針を出せるという前提自体が間違っている。だから社員が自分の頭で考え、現場でトライアルアンドエラーを繰り返し、うまくいったものが会社の方針になる。上の仕事は、その環境を整えることだけだ――。

