遺作『永遠の記憶』を読んで驚いた

その後も、短篇では主に物理的な謎解きを重視し、長篇では人間模様の機微を掘り下げてきたこのシリーズだが、最後の長篇となった『永遠の記憶』は、果たしてどのような作品なのか。刊行のタイミングは著者の逝去後になったものの、生前にプルーフ(新刊の発売前に出版社が作る、仮製本された見本)が書評家や書店員のもとに届いていたことを考えれば、校正などはすべて終了し、著者にとって思い残す部分のない状態での出版だったと考えるべきだろう。

東野圭吾『永遠の記憶』(文藝春秋)
東野圭吾『永遠の記憶』(文藝春秋)

シリーズの主要レギュラーとしては、湯川と草薙のほか、第3短篇集『ガリレオの苦悩』(2008年)から登場した草薙の後輩の刑事・内海薫(ドラマ・映画では柴咲コウが演じた)がいる。『永遠の記憶』は、その内海がスーパーマーケットで老人に刺されて負傷するという、極めて衝撃的な事件で開幕する。幸い、彼女は命に別条はなかったが、自分を刺した老人に心当たりはない。老人は事件直後にスーパーの屋上から投身自殺を図り、命は取り留めたものの黙秘を貫いており、身元はわからない。彼はどうして内海を刺したのか。湯川と草薙は、この不可解な事件の真実に迫っていく。

『探偵ガリレオ』収録作の1作目「燃える」は、『オール讀物』1996年11月号に掲載された作品だった。そこから数えると、今年はシリーズ開始から30周年にあたる。作中でも同じくらいの年月が流れており、初登場時には34歳だった湯川と草薙も『永遠の記憶』では60代。湯川は帝都大学物理学助教授(准教授)から教授に昇進し、草薙は今や捜査一課の管理官として捜査の現場からは離れている。

草薙はまだ定年前だが、刑事としての人生を振り返る「終活」を考えている状態だ。初登場時は巡査長だった内海も警部補に昇進しており、しかも結婚して幼い息子がいる。シリーズを初期から追ってきた愛読者としては、時の流れをしみじみと感じてしまう。

前半を読んだだけでは分からない

『永遠の記憶』は2部構成となっており、第1部「履歴(たど)る」では先述の内海薫襲撃事件の謎がある程度まで解き明かされる。「ある程度」というのは、残された謎がまだあるからだ。

湯川と草薙がその背景に迫っていくのが第2部「終活(ふりかえ)る」だが、正直なところ、この第2部を読みはじめた時点では私は著者のやりたかったことが掴めなかった。というのも、その残された謎というのは事件全体からは些細に見えることであり、それを辿る湯川と草薙の行動もなんだが地味に感じられたからだ。「この事件で、こだわるところはそこなのか?」と、内心で疑問を覚えながら読み進めた。