中国勢の台頭で、日本の家電や自動車メーカーが苦戦する中、ファスナー世界大手のYKK(東京都千代田区)は成長を続けている。ファスニング事業の売上高は、2012年度の2242億円から2025年度には4314億円へと伸びた。YKKが選んだのは、高級ブランド向けの高付加価値品に絞るのではなく、新興国の巨大なボリュームゾーンも同時に取りにいく「二兎を追う」戦略だった。性格の異なる二つの市場を追いながら、中国企業との関係をどう築き、なぜこの戦略を10年以上続けることができたのか。ジャーナリストの安井孝之さんが取材した――。

高付加価値だけに頼らず、売上げ約2倍に

日本の製造業は長らく、中国など新興国メーカーとの価格競争を避け、技術力を生かした高付加価値品で稼ぐ戦略を進めてきた。だが、ファスナー世界大手のYKKが選んだ道は、それだけではなかった。

高級ブランド向けのハイエンド市場を守りながら、新興国で急拡大する巨大なボリュームゾーン向けのファスナーも売る。YKKは2012年ごろから、この「二兎を追う」戦略を本格化させ、10年以上にわたって続けてきた。実際にファスニング事業の売上高は、2012年度の2242億円から2025年度には4314億円へと、約2倍に伸びている。

【図表1】YKKの業績推移
YKKの業績推移(2009年度以降)。統合報告書、株主向けのビジネスレポートなどを基に編集部作成

高付加価値品だけに依存せず、標準品の巨大市場も取りにいく。この戦略が、YKKの成長を支えてきた。では、なぜYKKは性格のまったく異なる二つの市場を同時に追うことができたのか。

その答えを考えるうえで重要なのが、中国企業との関係だ。

ボリュームゾーン向けのアパレル商品をつくる中国企業とのYKKの取引は、21世紀初頭に始まった。それまでYKKの価格の高いファスナーは使ってもらえなかった。

納期短縮やボリュームゾーン向けのファスナー開発が進展するにつれて取引が始まり、その過程でファスナーの周辺加工を手がける中国の地場企業との取引も始まっていった。2010年代半ばに入ると、欧米や日本のブランド企業のライバルになるような中国企業が生まれ、中国国内ではボリュームゾーンだけではなく、高級ブランド市場も拡大していった。