「二兎を追う」戦略で“10年辛抱”
まさに「ハイエンド」と「ボリュームゾーン」は、「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」であり、「二兎を追う」だった。
そうした行動を野中氏は『二項動態経営』(日本経済新聞出版社)で、「『あれかこれか』の二項対立で切り抜けるのではなく、苦しくても『あれもこれも』の二項動態を実践することこそが、過去の自己を超えていくただ一つの道である」と指摘している。まさに「正・反・合」の弁証法的思考方法である。
「選択と集中」などという流行りの言説(場合によっては正しいかも知れぬが)に惑わされず、互いに性格が異なる市場を狙ったことで、結果的にハイエンドもボリュームゾーンも手にすることができたのがYKKだったと言えるのだ。
ただし、「二兎を追う」には時間がかかる。YKKは成功と失敗を10年単位の長期スパンで判断したことも功を奏した。2012年に始めたボリュームゾーン攻略がようやく花を咲かせるまで10年以上の歳月を重ねた。3、4年で難しいと諦めていたら、現在の姿はなかっただろう。
敷田氏はこう話す。
「YKKの過去の海外進出を調べると、今は大成功している国も含めて、どこの国でも10年は辛抱している。経営メンバーもみんな海外でめちゃくちゃ苦労をしています。だからかもしれないが、新しい市場開拓に時間がかかることを理解してもらえる風土がある」
新興国で続ける“種まき”
YKKが次に「種まき」を進めているのが、インドやアフリカだ。2025年から始まった中期経営計画では、「未獲得市場への対応強化」を重点項目の一つに掲げている。
その象徴がエジプトだ。人口は2020年に1億人を超え、毎年の出生数は日本の3倍に迫る200万人を超える。YKKが進出したのは25年前だが、ようやく最近になってジーンズなどの市場が拡大し始めた。インドのボリュームゾーン攻略で開発したジーンズ向けファスナーを横展開すれば、新しい市場を開拓できる可能性がある。
松嶋耕一社長は「インド、アフリカなど伸びゆく市場にしっかり種まきをしないといけない」と話す。YKKはエジプトのほかアフリカでは、モロッコ、チュニジア、南アフリカなどにも進出している。
縫製業は歴史的に労働集約型の産業であり、アフリカは次の生産拠点になる可能性もある。だがYKKが見ているのは、生産拠点としてのアフリカだけではない。
「アフリカに限らず、経済成長をしていくと、内需が生まれます。その時は中国と同じように、内需向けの商品戦略も考えなくてはいけない」(松嶋社長)
中国やインドで培った内需向けの商品を、次の成長市場へ展開する。YKKはすでに、その先を見据えている。


