転職ロマン14 FV

がんを患いながら「平気な顔」でイチャイチャする男。パチプロからトラック運転手へ

大けが、大病、パワハラ、過労、配偶者との不和、親の介護、子どもの非行……。社会人に降りかかる災難や労苦のすべてを経験したような男性がいる。首都圏にある産業廃棄物処理会社で働く大橋陽介さん(仮名、49歳)だ。

筆者が大橋さんに出会ったのは昨年の夏。とある飲み会で一緒になったのだが、そのときは「今は無職です。前立腺がんを患っているので働けるかどうか、様子を見ています」と平気な顔で言って周囲を驚かせていた。飲み会に参加して大丈夫なのだろうか……。

その後、転職先というか再就職先が決まったと聞き、東京駅前の喫茶店でインタビュー取材をすることにした。なんと恋人を連れてくるという。一緒に現れたのは8歳年上だという細身の美人。2年前に街コンで会ったらしい。ほぼ初対面の筆者の前で、お互いの手や腕をちょっと触ったりしながらイチャイチャしている。終始笑顔の大橋さん、相当な大物である。

東京の下町で生まれ育った大橋さんは地元の私立高校を卒業後は2年間ほど「フラフラしていた」。フリーターをしていたわけではない。パチンコとスロットに勤しんでいたと振り返る。

「生活費を稼いでいたので遊びではありません。自分の考えや知識がうまくハマったときは達成感がありましたね。でも、射幸性をあおっていると規制されるようになり、パチプロの時代ではなくなりました」

今度はパチンコ店の客ではなく社員になった大橋さん。すぐに副店長に抜擢され、お金の管理を任されるようになったが、他にやりたいことが見つかった。トラック運転手である。

800kgのロール紙で大けが。社長の心ない一言に「じゃあ、いいですよ」と去った日

「トラックは子どもの頃から好きでした。でかいし、あの四角い形がいい。運転するのは面白そうだなー、と思いました」

大型免許を取得した大橋さんは夢をかなえるが、1社目は「給料が安すぎる」と2年で退職。転職先でもトラックの運転をしていたが「800kgもあるロール紙に足を挟まれる」という大けがをしてしまう。

「もちろん労災です。2カ月間は休ませてもらいましたが、職場復帰しても1年はまともに歩けませんでした。助手的なことしかできずにいたら、社長から『この仕事は向いていないんじゃないか』と心ないことを言われたんです」

朗らかに見える大橋さんだが、図太いタイプではない。労働基準監督署に駆け込むようなことはせず、「じゃあ、いいですよ」と会社を去った。

「しばらく力仕事はできないので、タクシー会社に転職しました」

同じく運転の仕事だ。ただし、理不尽な言動に接するとストレスをためやすい大橋さんは、厄介な酔客も乗せることがあるタクシーは向いていなかったようだ。

「同い年ぐらいの客が『どうしてこんな仕事をしてるの?』なんて見下してくることがありました。答えようがなくて、嫌な気持ちになりましたね」

仕事にやりがいを見いだせなかったこの時期、大橋さんは結婚をしている。麻雀仲間からの紹介で知り合った4歳年下の女性だ。当時、大橋さんは30歳。翌年には長女が生まれた。

手取り40万円、配車係という天職。子どもにも恵まれた。しかし、人生は急に暗転する

結婚してからの数年間は大橋さんにとって最も充実した時期だったのかもしれない。仕事面では、知り合いに誘われて以前より大きな運送会社に転じることができた。

「元銀行マンの副社長がオレに目をかけてくれたんです。最初は運転手として手取り25万円ぐらいでした。トラックはやっぱりいいですね。乗用車と比べて視界が広いので、安心して運転できます。そのうちに総務などの事務的なこともやらせてもらえるようになり、最終的には配車係と倉庫長を兼ねたような仕事を任されていました。手取りは40万円ぐらいあったと思います」

その会社には30名ほどの運転手がいて、今日は誰がどのルートを走るのかを決めるのが配車係だ。翌日の業務も頭に入れて、パズルのように組み合わせていく。自らの現場経験も総動員して、無理のない配車を組まねばならない。考えることも好きな大橋さんは天職だと思いながら働いていた。次女にも恵まれた。

しかし、30代半ばになった頃に大橋さんの人生は急速に暗転する。まずは妻の浮気だ。

「遊ぶのが好きな人だったので、育児ノイローゼ気味だったのかもしれません。家計を助けるためだと言ってキャバクラで働き始めたのが浮気のきっかけです。反対はしませんでしたが、そのうちに客と一線を越えたことがわかり、離婚しました。2人の娘はオレが育てるしかありません。生活力がない人には任せられませんから」

5人分の家事と介護を背負うシングルファーザーに。16年勤めた会社に突きつけた三くだり半

苦しいことは重なるものだ。大橋さんは高齢の両親と同居しており、離婚した頃から母親のアルツハイマー病が悪化。父親は心臓を患って入退院を繰り返すようになった。唯一の働き手である大橋さんは5人分の家事をやりながら、生活費を稼ぐために副業もしていたという。

「ピザ屋のデリバリーの仕事です。スポットで受けられる仕事だったので、深夜によく運転をしていました」

やれるかどうかではなく、やるしかない日々だったと振り返る大橋さん。大変だと愚痴をこぼすゆとりすらなかった。

「子どもはかわいいので元気をもらっていました。でも、忙しすぎてほとんど構ってやれなかったのは心残りです」

介護も子育ても引き受けざるを得ないシングルファーザーの日々が8年も続いた。追い打ちをかけるように、職場では大橋さんのプライドを傷つけるような事態が進行する。社長の息子が後継ぎとして入社して、事あるごとに大橋さんと衝突するようになったのだ。

「オレが入社した8年後に入ってきました。最初はいろいろ教えてあげたのですが、だんだんオレが目障りになったようです。現場のことをわからずに無理難題を言ってくるので、遠慮せずに反論していましたから」

2人しかいない配車係は交代で休むしかない。先輩格の大橋さんは「相方」が連休を取れるように配慮していたという。しかし、長患いをしていた両親が半年のうちに相次いで亡くなったときは忌引も含めて休ませてもらった。次期社長はそれを取り上げて、「大橋さんは休みが多すぎませんか?」と嫌味を言った。

「社長には『うちのバカ息子がごめんな』と謝ってもらいましたが、オレはこの人にはついていけないと思いましたね。16年も勤めた会社を辞めるつもりはなかったけど、ストレスを抱えて会社にすがるのは自分らしくありません」

「がんの疑い」と「未経験の産廃処理」。人間関係のストレスを嫌う49歳のリスタート

大橋さんは2020年の健康診断で「前立腺がんの疑い」が発覚している。泣き面に蜂にもほどがある。

「自覚症状はなかったのですが、血液検査で引っ掛かりました。検査手術を受けてもがん細胞が発見できず、数値だけは相変わらず悪いので経過観察中です」

前職の次期社長と険悪な関係になりながら重責を果たしていた頃は両足の膝がずっと痛かったらしい。退職したら調子が良くなった。もしかするとがんもストレスが原因かもしれない。昨年の秋、大橋さんは現在の勤務先への転職を決めた。

「決め手は月給38万円からという給与水準です。次女はまだ高校生なので、前の会社と同じぐらいの年収は必要でした。工事現場などから廃棄する金属を仕入れて加工する仕事はまったくの未経験ですが、わからないなりに何とかやっています」

大型車の運転には自信があるが、廃棄物処理の現場ではその他の特殊な大型機械も操作しなければならない。金属の種類も膨大にあり、大橋さんは15人ほどの社員の中で「下から2番目」の立場で勉強するところから始めている。

「ヤンキー上がりのけんかっ早い人が多いけれど、いじめみたいなのはありません。仕事は聞かないと誰も教えてくれないけれど、聞けば教えてくれる。昭和のスタイルですね。前の職場みたいに気を使わずに済むので気楽です」

つらいこともそうでないこともにこやかに語る大橋さん。実は、彼の試練はまだ終わらない。18歳の長女が家出先で妊娠するという出来事が起き、落ち着いた生活に入っているとは言えないのだ。

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イラスト=新倉サチヨ

家出した娘を「突き放す覚悟」。重い荷物を背負い続けた男が、年上の恋人とつかんだ夢

「娘たちとの関係性は悪くなかったはずですが、長女は部屋の片づけがまったくできない子で、オレが厳しく注意することもありました。それが不満だったのでしょう。今年の初めに家出をして、宿泊先の男との間に子どもができました。その男は認知をしないので、堕胎手術を受けたようです。それでも長女は家に帰ってきません。次女は関わりたくないと言っていますし、オレも今の生活を乱してほしくないと思っています」

突き放したような言い方をする大橋さん。ほぼ大人の年齢になった長女の自由を尊重しているのかもしれない。大橋さん自身もパチプロをしていた年齢なので、家から出て行った子のことまではもう責任を持てないと思っているのかもしれない。ちなみに、前妻は離婚後に子どもたちと5回ほどしか面会していないという。

大きくて四角い車、すなわちトラックを運転したいという夢をかなえた時点で大橋さんの転職ロマンは完結している。その後は、家族という重すぎる荷を背負い続けて今がある。仕事には給料以外のものを求めていない。誇りさえ傷つけられなければ。

「オレより6歳年下の工場長とは今のところいい関係です。オレは自分ができないことをやれる人は素直に尊敬しますし、自分からも『次はこれをやりますか?』と先回りして言うようにしています。2人で飲みに行ったりもしていますよ。金属のことを覚えるのも面白いといえば面白いです。働くことは嫌いじゃないし、やるんだったらちゃんとやりたい。あと10年ぐらいは元気に働けるかな。やれるところまでやります」

今の職場は日曜日しか休みがない。そろそろ恋人と2人きりになりたそうな大橋さんに少し待ってもらい、彼女さんに大橋さんの好きなところを聞いた。

「自分の意見をはっきり言えるところです。今日のインタビューを伺って、改めて好きになりました」

仕事と家庭の責任を果たしながら、誰に対しても言いたいことははっきり言ってきた大橋さん。40代の終わりにできた年上の恋人からこんな言葉をかけてもらえることが彼のロマンといえるかもしれない。

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