まるで「やる気」を見せない若者たちは、いったい何を考えているのだろうか。怒っても、距離は広がるだけ。年長者は、下の世代のロジックを理解する必要がある――。

「熱心に働く」のは若者にはコスパが悪い

「それって私の仕事ですか?」

部下にこう尋ね返された経験は、ないでしょうか。あるいは、こちらが熱を込めて指示しても生返事しか返ってこない。「もっと一生懸命やったほうが自分のためなのに」と伝えても響かない。叱るほどではないけれど微妙に失礼で、目上に対して遠慮なく権利を主張する――最近の若者と話していて、「なんか通じないな」と感じる場面は確実に増えており、その違和感の正体は、人間関係の築き方が世代によってまったく異なっていることにあります。

40代以上にとって、人間関係とは感情や考えを共有してつながりを深めるものでした。職場でも「同じ会社の人は家族のようだ」という一体感が求められ、仕事終わりに一杯やりながら悩みや将来の夢を語り合うことで、お互いの絆を確認してきました。

ところが、いまの若者は、人間関係において自分の深いところ――感情や考え、将来の展望――を持ち出すことに意味を感じていません。職場は「いま、勤めている場所」、同僚は「いま、一緒に働いている人たち」でしかない。一時的な関係だと割り切った相手に、なぜ自分の将来やプライベートまで共有しなければならないのか、そもそもわからないのです。同世代であれば、言葉にしなくても「ノンバーバルの共有」がある程度成立しますが、世代を超えるとそれが極端に薄くなる。何を話しても同じリアクションに見えてしまう。これが「通じなさ」の中身です。

2022年ごろからアメリカで、「静かな退職」という言葉が広がってきました。誰にも気づかれずに辞めるのではなく、在籍したまま働きは最低限にとどめる姿勢を指します。多くの成果を出すことに価値を見いださず、職場に深い人間関係を求めない若者の生き方が、仕事面に自然に表れた現象です。

上の世代には「やる気がない」と映るかもしれません。しかし若者からすれば、合理的に判断して、そう振る舞っているだけなのです。「頑張っても認められにくく、うまくいっても同期との年収差は100万円ほど。インフレ下でその差を埋めるために過度な期待や圧をかけられるくらいなら、最低限で十分」。熱心に働くのはコスパが悪いと判断し、周囲との関係もそこそこで満足している。私はこのような若者の状態を「無敵化」と呼んでいます。

なお本記事で言う「若者」は、現在35歳を境目とした下の世代を指します。マイナビが大学生に毎年実施している就職意識調査では、2013年が変曲点で、それ以前は「やりたい仕事ができる会社」志向が強く、それ以降は「安定した会社」「給料がいい会社」志向が強くなってきました。13年に就活していた層が、現在35歳前後にあたります。30代後半は上の世代と下の世代の両方が理解できる「挟まれた世代」。本記事では、主に20代の人たちを、40代・50代から見た「若者」像として解説していきます。

目立ちたくない理由は「ほかの人が頑張るはず」

そんな若者の姿勢の根を、もう少し具体的に見ていきましょう。

若者たちは、上の世代に比べてずっと安定志向です。「成功」ではなく「失敗じゃない状態」を求めています。他人より劣っていたり、間違えて恥をかいたりすることを嫌う一方で、誰かと違う行動を取って目立ってしまうことも恐れる。空気を読み、平均値より上にもならず、下に落ちこぼれもしない位置をキープすることに長けています。

大学のゼミの自己紹介で、最初の人が名前・出身地・趣味を話せば、続く人もほぼ同じテンプレートで自己紹介する。サークルに触れる人もバイトに触れる人もまずいません。最初の人が触れなかったからです。優劣がつかない状態を徹底的に守り続ける――この行動様式そのものが、若者の世界観をよく表しています。