医師の診断にはない気づかれにくい存在
企業の管理職の方から「何度説明しても仕事を覚えない部下がいて扱いに困る」という相談を受けることがあります。指示にはうなずくのに、実際の作業になると手順を取り違える。電話でも話の要点がつかめず、受け答えが滞る。
私はそうした従業員には、まず仕事がうまくいかない理由を見立てる必要があると考えています。
職場では行動を観察し、作業のどこでつまずくのかを確かめます。たとえば「覚えが悪い」という困りごとは、耳から入った情報を一時的に保ち、必要な順番に並べるワーキングメモリーの弱さから表れる場合があります。
こうした認知の弱さを考えるうえで、知っていただきたいのが「境界知能」と呼ばれる知能検査上の位置づけです。具体的にはIQ70以上85未満にあたる人たちを便宜上そう呼ぶもので、医学的な診断名ではありません。IQ85以上ですと平均的な知的発達ですし、70未満であれば知的障害の範囲なのですが、70以上85未満は社会制度上あいまいな扱いになっています。
通常の小中高校を卒業し、大学まで進学する人もいるため、本人も周囲も境界知能だと気づかないまま過ごしやすいのです。日本では全人口の約14%、およそ1700万人がこの層にあたるとされています。7人に1人という割合で、決して特別な存在ではありません。
そうして仕事に就いてから初めて、複雑な指示のつかみにくさや段取りの弱さが目立ち「できるはずなのに、なぜできないのか」「努力不足ではないか」と指摘されてしまうのです。
発達障害と境界知能は、同じものではありません。職場ではよく似た“困り方”が表れることもありますが、境界知能は「障害」ではないのです。また、両方の特徴をあわせ持つ人もいます。
医療機関を含めて相談先を探す人はいますが、境界知能は医学的な診断名ではないため、医師が「あなたは境界知能です」と診断するものではありません。そのため“障害”とは理解されず、周囲に背景が共有されません。本人も自分のつまずきを説明できないので、ますます上司や同僚は「もっと頑張れ」と叱咤してしまうのです。
境界知能の人は、決して劣った人たちでも、使えない人材でもありません。とくに人手不足が続く中小企業にとっては、ぜひとも戦力になってほしい大切な従業員です。適切な仕事を割り振れば、十分に能力を発揮できる人材なのです。
あなたが経営者として、あるいは上長としてそのような部下を抱えているなら、ぜひ生かし方を考えてください。そのためにはまず、境界知能の人たちがどのような特性を持っているのかを知る必要があります。職場で表れやすいのは、能力の極端な欠落というより、仕事のあちこちで少しずつ露呈するつまずきです。
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