日本のコンビニは全国各地に普及している。流通アナリストの中井彰人さんは「日本型コンビニを作り上げたのが、鈴木敏文氏だった。現在生き残っている大手3社のビジネスモデルは、いずれもセブンをベンチマークとしている。だが、コンビニ市場が飽和しているのも現実だ」という――。
インタビューに答えるセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文名誉顧問=2018年4月17日、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
インタビューに答えるセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文名誉顧問=2018年4月17日、東京都千代田区

鈴木敏文氏の功績

コンビニの父と言われた鈴木敏文氏が亡くなられて、少し前には様々な媒体で追悼記事が掲載されていた。言わずと知れたコンビニ最大手セブン‐イレブンの実質的創業者なのであるが、そもそもセブン‐イレブンというビジネスは日本由来のものではない。元々は総合スーパー大手イトーヨーカ堂の新事業として、北米コンビニ大手、セブン‐イレブンのエリアライセンス契約の下、日本に持ち込んだのが鈴木氏であったというのが最初の経緯である。

ただ、北米のコンビニというのは、幹線道路沿いのガソリンスタンド(GS)の売店という位置付けであって、広大なアメリカの荒野を貫くハイウエイで次の売店までどのくらい時間がかかるかよくわからない中で、移動の際、必須となる飲食料品を販売するという、いわば人の足元を見た商売をやっていた(今でも基本は大差なく、北米のコンビニはGS併設店が主流なのは変わらない)。

つまり、飲み物と食べ物をほぼ言い値で売れる、店側にとって都合のいい商売でもある。日本で比較的近い存在といえば、鉄道駅や高速道路サービスエリアの売店を想像してもらえばイメージができると思う(日本とは次の店までの距離のケタが違うため、需要の緊急性、逼迫ひっぱく性は比較にならないが……)。

「日本型コンビニ」を作り上げた

本家がそんな店なので、1970年代当時はクルマの普及もそこまでではなく、人口密集地である日本で、そのまま展開するわけにもいかず、日本のセブン‐イレブンは相当なローカライズが必要だったようだ。ここからは皆さまもご存じの通り、おにぎり、おでん、コンビニコーヒーをはじめとする日本独自の商品開発、公共料金支払い、ATMの導入、自治体サービス……などなど、消費者の利便性を追求した多様な独自商品、独自サービスを次々と導入して、社会インフラとも言うべき日本型コンビニを作り上げた、というのが鈴木氏の功績として自他ともに認めるところであろう。

初期のころは、多種多様なコンビニが全国で勃興したのであるが、40年以上の時を経て、セブン、ファミリーマート、ローソンの3社が全国シェア9割の寡占化を成し遂げた。ただ、生き残った3社のビジネスモデルを見ると、基本的にはセブンをベンチマークした企業が生き残った、ということに異論はないだろう。セブンモデルのコンビニが日本をほぼ制したのであり、そして今では世界シェアトップの存在でもあるのだから、鈴木氏の功績がいかに凄いかは、もう語るまでもあるまい。