「言い値商売モデル」が真骨頂
多くの追悼記事をみると、鈴木セブンの勝因は、流通業界の常識にとらわれない素人目線で新たな仕組みづくりを躊躇なく実施したこと、顧客の立場に立って利便性の高い商品サービスを開発したこと、とされている。確かに実際、現在のコンビニの機能は、消費者の日常生活にとって欠かせない存在となっており、今この国でコンビニと関わりなく生きている人は少数派であろう。
ただ、この消費者にとっての利便性提供という考え方は、決して利他の精神でできているものではない。利便性に対する適正な対価を要求されるし、その付加価値については、基本的に価格競争する気がない。逆にいうと、言い値で買ってくれる人、もしくは、タイミングを対象にしたビジネスモデルが、鈴木コンビニモデルの真骨頂と言える。規模拡大のため、熾烈な価格競争で戦い続けてきた小売業界において、コンビニのような言い値商売モデルは異質な存在といえる。
高くてもペットボトル飲料が売れる
全く同じ商品だとしても、コンビニの価格帯はスーパー、ドラッグストアなど他の業態よりも高い、ということに違和感はないだろう。今は定価というのはなく、希望小売価格というメーカーの目安の価格があると思うが、コンビニはその水準を基本として、少し安く設定していたり、クーポンで少しだけ値引き可能といったイメージだと思う。
例えば、ペットボトルの茶系飲料600mLは、コンビニでは138~150円くらいだとすると、スーパー、ドラッグストア、ディスカウントストアなどなら、68~88円くらいで手に入る、ということは皆知っているのだが、コンビニで買ってしまう場合は多いだろう。これは経済合理性だけで考えるなら、不合理な話なのであるが、安い店に行く時間がない、もしくは、行く時間を考えると高くてもコンビニで買った方がましだ(タイパ>コスパ)といった別の理由があるからだ。
つまり、我々消費者は購買を価格だけで決めているのではない、特に時間価値と考量して決めることが多い、という現実につきあたることになる。

