挑戦に失敗しても命までは取られない

私の名前は、平和の「和」に夫と書き「和夫」。弟は「憲」に「夫」で「憲夫」。私は外交官に、弟は弁護士になりました。両親は、戦争ですべてを失った世代でした。その親が平和への願いをこめて、子どもにつけた名前が「和夫」だった。ですから、私のキャリアの原点には、ずっと「平和」がありました。

外務省に入り、日本人初の国連難民高等弁務官である緒方貞子さんの補佐官として国連の仕事に関わるようになってからは、途上国を飛び回る日々でした。「人間の安全保障」をどう実現するかを考え続けていました。

息をつく間もない日々で、本当に充実していました。ただ、10年ほど現場に身を置く中で「国連は、お金が回る仕組みにはなっていない」と限界も感じるようになったのです。国際協力は先進国の資産を途上国へ届ける仕組みではありますが、その資産はすぐに尽きてしまう。「途上国の側でお金が循環する構造をつくらなければならない」と考えるようになり、ビジネスと公共セクターをつなぐ仕事を意識するようになりました。

そんなときに声をかけていただいたのが、デロイト トーマツ コンサルティングでした。私が課題としていたサステナビリティに関する部署を新設するので、責任者として来てほしいという話でした。コンサルティング業界は成果が厳しく問われる世界なので恐怖もありましたが、「新しい世界が見られる」という期待もありました。

実際に働き始めると、企業経営そのものに上流から関われるようになりました。ただ、3年ほど働くうちに、企業に提案するだけでは足りないとも思い始めました。自分自身でも理念を実装する場が必要だと考え、50歳という節目に、SDGsを軸に企業や社会の変革を支援する「SDGパートナーズ」を立ち上げました。

その延長線上にあるのが、現在手がけている「think coffee」です。ニューヨークにいた頃、私はあるカフェにずっと通っていました。人種もセクシュアリティも経済状況も関係なく、みんなが自然に同じ空間にいるような場所でした。後に、安田不動産から「サステナビリティを軸にした街の賑わいをつくってほしい」という相談を受けたとき、真っ先に思い浮かんだのがこのカフェでした。縁あって創業者と連絡が取れ、日本での展開を任せていただくことになりました。

東京・神田にある think coffee。
東京・神田にある think coffee。

現在の店舗では、石油由来のプラスチックは使わず、コーヒー豆も生産農家と直接契約しています。従業員の人権や多様性にも徹底して向き合っています。私にとってthink coffeeは、単なるカフェではありません。SDGパートナーズで提案していることを、自分たち自身で運営する「実験場」でもあるのです。

振り返ると、外務省や国連を辞めたときも「何かを捨てた」という感覚はあまりありませんでした。その時点でいちばん情熱を持てるものへ向かってきただけです。ただ、国連の現場で見てきたものが大きいと思います。支援の現場では命を落とす人たちをたくさん見てきました。そこは、挑戦したくてもできない環境なのです。

ですから、挑戦できる環境にいる人間が挑戦しないのは、もったいないと思うのです。think coffeeでは大学生を含む若いスタッフたちと毎日接しています。サステナビリティについて共に考え、人権や多様性について議論し、店を運営しています。同じ志を持つ人たちが自然と集まって、社会に影響を与えられればいいと思っています。

何かを始めるときに、年齢は関係ないと思っています。もちろん恐怖はあります。けれど、数週間もすれば新しい環境への期待が上回っていきます。もし失敗しても、命までは取られません。「失敗したな」で終わる話です。

(構成=渡辺一朗 写真=本人提供)