老いとは、どのように向き合うといいか。医師の和田秀樹さんは「医師の立場から見ても、老いを受け入れることが下手だと感じるのは、尿もれ対策としておむつの使用を嫌がる人だ。便利なものを素直に受け入れることで、できることを増やせる」という――。
※本稿は、和田秀樹『老いの品格 品よく、賢く、おもしろく』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。
高齢者による高齢者差別
いつまでも老いを受け入れられずにいると、「こんなに足が弱くなった自分はダメ老人だ」「昔のように賢いことが言えないバカ老人になってしまった」と、自分を否定する方向に向かいます。
その否定的な視線が、他人に向かうこともあります。つまり、「自分は認知症になってまで生きたくない」などと言って老いと闘っている人が、闘っていない人や比較的早く老いが進んだ人を見下す、「高齢者による高齢者差別」です。ただ、いつまで老いと闘えるかは個人差がある以上、そこで差別的な見方をすべきではないといえます。
以前、私が関与していた有料老人ホームが、認知症や重度の要介護になっても、ずっと入居時と同じ居室で暮らせるというコンセプトで経営を始めました。その場合、食堂などでは、車いすの人や認知症が進んだ人と、比較的元気な人が同じ空間を共有することになります。
それは多様性があってすてきなことだと思いきや、元気な入居者側からクレームが出て、結果的に、要介護度が重い人とそうでない人が暮らす棟を分けることになりました。
まだ元気な入居者にしてみれば、要介護度が進んだ入居者の姿を目にするのは、「明日はわが身」を思い知らされるようでつらいものがあったのでしょう。

