コロナ禍での高齢者の悲劇

コロナ禍では、感染を恐れて過剰に外出を自粛する高齢者が多く見られました。外に出なければ、たしかに感染しないですむかもしれません。

和田秀樹『老いの品格 品よく、賢く、おもしろく』(PHP文庫)
和田秀樹『老いの品格 品よく、賢く、おもしろく』(PHP文庫)

でも、そんな生活を長期間続けていれば、足腰が弱って歩けなくなり、認知機能も低下するリスクが高くなります。そうまでして感染しないことが大事なのか、考える必要があるように思います。

コロナ禍での高齢者の悲劇は、私も数々目にしてきました。まず、病院では感染防止対策で入院患者への面会を原則禁止しているため、高齢の入院患者は、たとえ終末期であっても家族と会うことすらかないません。寂しい状態のなかで最期を迎えるケースもめずらしくないのです。

また、80歳以上ともなれば、いまが旅行や外食を楽しめる最後のタイミングという人も多いはずですが、その機会も大きく減っていました。

人生最後の旅行に行きたい、最後の思い出にごちそうを食べたいと望む高齢者がいるなら、その願いはかなえられてもいいのではないかと私は思います。

重症化リスクの高い高齢者だからといって、家の外には出さず、病院でも面会者を遠ざけるのは、大きなお世話かもしれません。

感染者や重症者を増やさないという社会や医療を守る取り組みはもちろん大事なことですが、出歩きたい、見舞いにも来てほしいという個の尊厳や幸せがかなえられないことに強い違和感を覚えました。

「余裕」のある高齢者は幸せな時間が増える

同時に、高齢者の「コロナにだけはかかりたくない」という意識の強さも感じました。90歳を過ぎた私の母も、そう言います。

どうやら、コロナは外出自粛要請を無視して遊びまわるなど、不摂生や倫理観の欠如によってかかる「恥ずかしい病気」だと勘違いをしている人が多いようでした。

高齢者は「他人に迷惑をかけたくない」という意識が強いため、自分が感染することよりも、それによって周囲に迷惑をかけることを恐れる気持ちが強いのかもしれません。

現在の高齢者は、結核などの感染症で若い人までがバタバタと命を落としていた時代を、直接は知らない世代が中心になっています。長寿が当たり前になり、高齢者でも滅多なことでは死なないのが当たり前になっているからこそ、死や病気に対する不安や恐れも、かつての高齢者よりずっと強くなっているのでしょう。

しかし、人生において「そうなるときはそうなる」のです。死や病気にかぎらず、すべてのことに対してそう考える「余裕」をもてるほうが、幸せな時間が増えるのではないかと思います。

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