魅力的な高齢者には余裕がある
魅力的な高齢者の大きなポイントは、「余裕」だと思います。歳をとるほど、「死にたくない」「ボケたくない」「貧乏したくない」という不安感や恐怖感で動いている人が多く見られます。
一方で、そうなることは当たり前だと実感できていて、「人間いつかは死ぬんだから」「いつかはボケるんだから」と言っている人は、余裕や風格さえ感じさせます。
私自身は、50代から次々と病気が見つかりました。58歳ごろには、一般的には110未満が正常値とされる空腹時血糖値がいきなり660になりました。
最高血圧も15年ほど前から200くらいと高めで、それに起因して最近、心不全になり、やむなく利尿剤を服用しています。糖尿病で免疫力が落ちているためか、少し前には帯状疱疹になって、かなり痛い思いもしました。
率直にいえば、原因はすべて不摂生です。原因ははっきりしているし、高齢者をたくさん診てきて、いつかは不調を抱えるものだという思いもあって、いまの生活に支障をきたしてまで、薬を増やすなどの対応をしようとは思っていません。
血圧は、高めのほうが頭がシャキッとします。血糖値も、さすがに600以上もあるとのどが渇いて苦しくなるので、運動をして300くらいまでは下げますが、なんとしてでも正常値に近づけようとは思っていません。
とくに問題なく生活が送れる数値であれば、たとえ数年後や十数年後に病気になるリスクがあったとしても、薬で体がだるくなったり頭がぼんやりしたりして、いま苦しむよりはいいだろうと思っています。
自分が受ける医療は自分で決める
私が診ている患者さんのなかに、高血圧がひどいのに薬を嫌がって、降圧剤をいっさい飲もうとしない90歳過ぎの高齢者がいます。でも、かくしゃくとしています。また、タバコを吸っていても元気で長生きする人もいます。
高血圧や高血糖を放っておいても、多くの場合は、心筋梗塞や脳卒中を発症するのは20年後くらいです。血管に深刻な障害が現れるのに、そのくらいの時間がかかることを考えると、その間の医学の進歩を信じるのは、たしかにギャンブルといえるかもしれませんが、否定できない行為ともいえます。
こう考えて、自分が受ける医療は、自分で決めてもいいのではないかというのが、私の考えです。
私の親友であるイスラム学者の中田考さんは、イスラムの教えを深く信仰していて、世俗をまったく超越しています。あまり健康そうには見えないのですが、生や死は神の思召しと考えているので、病院にもまったく行きません。
さすがにそれが格好いいとか、見習うべき姿勢だとは思いませんが、その姿には、ひと言でいえば「すごいな」と圧倒されます。格好つけて生きるのがいいことだとは思いませんが、「病気になってあわてるのは格好悪いからやめなさい」などと言うつもりもありません。
ただ、高齢になるということは、もれなく病気になるということです。その覚悟をしたうえで、薬は飲まず、酒やタバコは控えず、好きなものを食べる生き方と、健康に最大限注意を払い、節制する生き方の、どちらを自分は選ぶのかを決めておくほうがいいとは思います。

