一世を風靡した人気占い師、細木数子氏とはどんな人物だったのか。ノンフィクションライターの溝口敦さんの書籍『喰うか喰われるか 私の山口組体験』(講談社)より、細木氏の知られざる一面を紹介する――。(第1回)

目障りな女がいるなぐらいの認識だった

2006年3月、講談社の加藤晴之さんに会ったとき、彼から「細木数子について4回ぐらい連載できないか」といわれた。彼はこの年2月、「週刊現代」の編集長に就いたばかりだった。

細木数子に特別関心があるわけではなかった。何か目障りな女がいるなぐらいの認識で、テレビで彼女が登場する番組に出合うと、チャンネルを替えていた。彼女を見る気がしなかったのだ。

しかし考えてみると、彼女の存在を無視していいものではない。占いの類には信用を置かないが、かといって嫌うだけで、彼女の当たらない占いや強迫的な言辞を放置していていいわけがない。細木数子は社会に大きな影響力を持ち、彼女の信者は多数に上っている。

人脈がヤクザ世界に広がっていた

私は加藤さんの提案を受け入れ、彼女について書くことにした。担当の編集者は同誌編集部の片寄太一郎さんと決まった(途中で人事異動のため木原進治さんと交代)。

編集部の力も借り、細木とその周辺の下調べに入っていった。と、彼女にからむ人騒がせな話がボロボロ出てきた。単に彼女の人脈がヤクザ世界に広がっているというだけでなく、彼女自身がほとんど女ヤクザだった。

マッサージを受ける背中に入れ墨のある男性
写真=iStock.com/Aleksandar Jankovic
人脈がヤクザ世界に広がっていた(※写真はイメージです)

彼女の伝法な物言いはヤクザ的というより、ヤクザであることに発する語り口だった。

この分だと毎号4ページの記事4回分では、細木のことはとうてい書き尽くせない。せめて10回分の連載は必要だと編集部に話し、加藤さんの了解を得た。