仕事・学習を除くスマホなどの余暇利用は「1日2時間以内」――。全国で初めてそんな条例が可決したのは昨秋のこと。罰則なしだが、大人を含む全市民を対象にしたことで大きな話題になった。ジャーナリストの池田和加さんは「デジタル教育に積極的な国の子供の学力低下が起こっている。今こそスマホなどの利用法について国レベルで議論すべきではないか」という――。

炎上しないと議論にならない

愛知県豊明市の小浮正典市長は、炎上することを最初から分かっていた。

「炎上するだろうとは思っていました。でも炎上しないと議論にならない。だからスクリーン時間の目安は必ず提示すると決めました」(小浮市長)

2025年9月22日、豊明市議会は全市民を対象にスマートフォンなどの余暇利用(仕事・学習を除く)を「1日2時間以内」とする条例を賛成多数で可決した。罰則なし、全国初。予測通り、ネットは炎上し、市には300件超の意見が殺到した。

この条例ができるきっかけは、学力でも世論でもなかった。市の重層支援センターに寄せられた相談が発端だ。

「不登校が長引くと、家にいる時間が非常に長くなります。友達はみんな学校に行っていて、親も仕事に出ている。昼夜逆転してずっとスマホを見ている状態になると、依存しやすくなるといったご相談です」(前同)

不登校は近年増え続けており、当事者の親だけでなく、今は学校に行けている子の親も、動画視聴やゲーム、SNSなどでスマホ漬けの子供たちを危惧しているのだ。

だが、なぜ、この条例の対象を子どもだけでなく大人も含めたのか。

「子どもは大人を見て、自分の行動が良いか悪いかを判断するものです。大人がずっとスマートフォンを見ているのに、子どもだけ制約しても納得しないだろうと考えました」(前同)

この小さな自治体の決断は大きな波紋を広げている。現代人の生活必需品であるスマホ利用の制限をかけるこうした動きに類似した国民の声は他にもある。

「設計なきデジタル化」の見直し

2026年4月7日、日本政府はデジタル教科書を、紙と同等の正式な教科書に位置付け、小中学校での無償配布を盛り込んだ学校教育法改正案を閣議決定した。2027年4月の施行を目指し、国会での審議が始まろうとしている。

このニュースが報じられた直後、大きな批判が噴き出した。根拠として繰り返し引用されたのが「北欧はデジタルをやめた」という言説だ。北欧ではデジタル弊害が出ているのに、なぜ日本はデジタル教科書なのか、という意見は理解できる。

だが、筆者はこれは半分正しく、半分誤っている、と考える。どういうことか。

経緯を説明しよう。スウェーデンは1994年に国家カリキュラムにデジタルコンピテンスを組み込み、2000年代後半から大規模な1人1台プログラムを展開するなど、教育デジタル化の先進国として知られてきた。

ところが近年、その成果に疑問符がつき始めている。PISA数学スコアは2018年から2022年には21ポイントも低下し、2012年の最低水準に近い水準まで逆戻りした。

4年生の読解力を測るPIRLS(IEA=国際教育到達度評価学会が5年ごとに実施する国際読解力調査)も、スウェーデンの平均スコアは2016年から2021年には11ポイント低下した(なお世界7位の水準は維持)。

教室の窓側に一列に並んだ子供たちが皆スマホに目を落としている
写真=iStock.com/StockPlanets
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こうして、スコアの低下と過剰なデジタル化との関連性を指摘する声が高まるなか、スウェーデン教育省は2023年5月、大規模な予算を追加して印刷教科書の再導入方針を発表した。同じ頃、近隣のデンマーク、ノルウェーなど北欧各国でもデジタル教育の効果を問い直す動きが始まった。

実際は「デジタル全廃」ではなく「設計なきデジタル化」を見直そうという動きではあるが、スウェーデンは2026年秋から全国の小中学校で携帯電話禁止を施行し、デンマークも2025年9月に議会合意で2026、27学年度からの禁止を決定した。

翻って、今日本が問うべきは「デジタルか紙か」ではなく、「デジタル機器を何に使い、何から遠ざけるか」だと筆者は考えるのだ。