【Lesson1】転職サイトの甘言を信じるな――自分で考えた人だけが飛べる

安定にしがみつく人生はもうやめにしませんか

50代は思い切って「飛ぶべき時」だと、私は思います。「飛ぶ」というのは、今いるところを離れて新しい世界へ飛び立つこと、これまでとは違った仕事を始めることです。会社を辞める、独立する。その決断ができるかどうかで、残りの人生はまるで変わります。

飛ばなかった人は、同じ顔ぶれ、同じ会議、同じ景色の人生を送ることになるでしょう。「今の会社が自分にとって最高だ」というのなら辞める必要はありません。ですが、私の目には日々つまらなそうに暮らしている50代が、あまりにも多いように映ります。

人間は同じ日々を過ごしていると、必ず飽きがくるものです。どんな人生にも一度か二度は「飛ぶべき時」が訪れます。50代は経験を積んで、まだ体力もある。だからこそ「飛ぶための適齢期」なのです。それでも、ここぞというときに決断ができる人は、驚くほど少ない。なぜか。組織にいれば安定があるからです。でも、大樹にもたれかかって生きようなんていう発想そのものが、みっともないじゃないですか。

学生時代から受験競争を勝ち抜いて立派な学歴を手に入れ、大きな会社に入り、年功序列で出世の階段を上がっていく。そういう昭和の安定神話を、今もどこかで信じている人が多いようです。ですが、日本は右肩上がりの成長の時代をとうの昔に終え、「昭和の正解」が報われなくなっています。にもかかわらず、しがらみだらけの毎日を「これが人生というものだ」と諦めている人が、世の中にはいくらでもいます。偉くなればなるほど、人間は縛られる。気の毒なことです。

下重 暁子
下重 暁子(しもじょう・あきこ)
作家。1936年生まれ。59年早稲田大学教育学部国文学科卒業後、アナウンサーとしてNHK入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。エッセイ、評論、ノンフィクション、小説と多岐にわたる本を執筆。『家族という病』『極上の孤独』(幻冬舎)、『遅咲きというしあわせ』(徳間書店)など著書多数。

私自身は社会に出てから、一貫してそうした不自由さに反発する人生を歩んできました。安定を捨てるのは、恐ろしいことです。無収入になるかもしれないし、新しい場所が今よりいい保証もありません。それでも自分はやれると信じて、幾度も飛びました。

あなただって飛べます。ただし、50代の飛び方は、20〜30代のそれとは異なります。自分自身と向き合って「本当は何がしたいのか」「残りの人生をどう生きたいのか」を考え抜く。転職サイトの甘い言葉を信じて、勢いで動いてはいけません。自分で決め、自分で引き受けてください。

平均寿命を考えれば50代は、80歳まであと30年も時間が残っています。人生を「こんなものだ」と諦めるのは、早すぎます。無難な着地点を探すより、本当に行きたい場所へ飛び込むべきでしょう。私は89(まもなく90)歳になった今も、次はどこへ飛んでやろうかと思っていますよ。

【Lesson2】仕事は自己表現――「つまらない」にしているのは自分自身

たった10秒の工夫が大きな番組のきっかけに

もしもあなたが「仕事がつまらない」「人生が退屈だ」と鬱屈とした日々を送っているなら、飛ぶよりも前に試みてほしいことがあります。それは、つまらない仕事の中に面白さを見出す、ということです。今いるところが不満で、逃げるように新天地を求めても、良い結果は得られないかもしれません。

何より、あなたは今の職場で仕事を任されているわけですから、つまらないからといって、それを放棄していいはずがありません。不満があっても引き受けた仕事は意地でもやり通す。

私は大学を卒業して、アナウンサーとしてNHKに入局しました。最初に衝撃を受けたのは、上に立つ人の発想の古さでした。「てにをは」がどうとかアクセントがどうだとか、そんな些細なことばかり口うるさく言ってくるのです。いちばん大切なのは「何を喋るか」「自分はどう考えるか」という中身のはずです。しかし、そうしたことはまったく顧みられませんでした。

そのうえ、起用する側にセンスがない。「あいつは生意気だから降ろせ」

とか「特に向いてなくとも器用だから」とか、そんな理屈で仕事を割り振っていました。上に立つ者の務めとは、部下がどんな人間で、何が得意で、何が不得意かを見極めて適材適所で配置することのはずです。優秀な先輩たちが、失望して次々に職場を去っていきました。私も「いつやめてやろうか」と、そればかり考えていました。

当時、私が担当していたのは「今晩の番組」というコーナーでした。毎週代わり映えのしない番組の放送内容を、台本どおりに決められた秒数の中で話し切るのです。なんと創造性のない、つまらない仕事だろうと思っていました。何度行きの道で引き返してやろうと思ったか知れません。ストレスが募っていたのでしょう。鏡を見たらひどい顔をしていました。

「これではいけない」と思って、私は考え方を変えました。決められたとおりに読まなければならない数十秒の中にも、自分の言葉を入れることができる10秒間があったのです。それは「こんばんは」で始まる冒頭の挨拶部分。挨拶くらいは自由に言ってもいいだろうと、たった一言だけですが「自分の言葉」を加えることにしました。

「今朝、日比谷公園のサルビアの赤がすっかり深くなっていました」「遠くで雷が鳴っています。雪起こしの雷でしょうか」といった具合です。そうした一言があると視聴者も「へえ、そうなんだ」と聞く気になってくれるでしょう。私は自分の10秒間をとことん工夫することにしたのです。

毎日、自分の感性をフル回転させて、その日の話題を探しました。最初はしんどかったですが、自分で決めたことですから、真剣に取り組みました。そうすると、視聴者から「あのアナウンサーの挨拶は感じがいい」「面白い」といった声が届くようになりました。局内のお偉方も「もう少し大きな番組をやらせてみるか」という話になって、仕事が回ってくるようになりました。

とはいえ、それで私の職場に対する不満がなくなったわけではなく、9年目にNHKを辞めるわけですが、腐ったまま辞めないで本当に良かったと思っています。つまらない仕事の中にも自分次第で面白みを見出すことができるのを知れましたし、たった10秒を足掛かりに閉塞をじ開けて、キャリアを進めることができました。

生活のためとか社会への貢献といった側面も、もちろんあるでしょう。ですが、私は仕事の本質は自己表現にあると思っています。いい仕事には、その人の「人となり」がにじみ出ます。それが感じ取れる仕事は、受け取る側にとっても楽しいものです。

仕事に楽しさを求めることを、否定する人もいます。「仕事は遊びじゃないんだから、面白いわけがない」と。本当にそうでしょうか。どんな大変な仕事も真剣に向き合えば面白みは見出せます。楽しいをラクと呼ばせるのは逆です。楽しさを感じるのは、しんどいことができたときなのです。

【図表】どんな仕事にも工夫できる余白がある 退屈な仕事を楽しくする3ステップ
【Lesson3】「遊び」を知らない人間に、いい仕事はできない

AIには再現できない夢中になる喜びとは

私が出会ってきた「本当に仕事ができる人」は、まるで遊んでいるかのように、楽しそうに仕事に没頭する人たちばかりでした。仕事に面白さを見出して夢中になれば、仕事と遊びの境界線は意識しなくなります。

ここでいう「遊び」とは、「自由度」と言い換えてもいいかもしれません。「次の仕事ではあんなことをやってみよう」「こんなふうにしたらもっと楽しくなるんじゃないか」といったワクワクが、周囲まで巻き込んでいくのです。旅をしても読書をしても、誰かと会食をしても、新しい刺激が仕事に反映される。逆に、仕事ばかりで遊ばない人には、魅力がありません。

「遊びをせんとや生まれけむ」(梁塵秘抄)という、平安時代の歌がありますね。子どもが夢中になって遊んでいる姿を見て「人は遊ぶために生まれてきた存在に思える」と詠んだものですが、とても心に響きます。子どもたちは、打算や思惑など抜きに、純粋に楽しいから遊ぶのです。あの姿こそが、仕事の理想形ではないでしょうか。

ところが最近は、本来いくらでも面白くなりうる仕事を「AIに任せてしまおう」という風潮が見られます。つまらない仕事をやらせるだけならまだしも、戦略を練り企画を立て、市場のニーズを探り、人と向き合うといった仕事までAIに委ねてしまうのです。それで「効率が上がった」「時短ができた」と喜んでいいものか。少なくともそういう人には「仕事を楽しむ」発想は生まれません。そんな人、面白くもなんともないでしょう。

今年、劇作家・演出家の野田秀樹さんが、東京大学で入学式の祝辞を述べました。人間の頭脳とAIについて触れた一節が、私にはとりわけ印象深く残っています。どれだけレオナルド・ダ・ヴィンチの絵に似たものをAIが描けたとしても、ダ・ヴィンチの喜びは再現できないといった内容でした。

野田さんは、芸術とは表現された結果であると同時に、そこに至るプロセスであり、その過程にこそ喜びと苦しみがあるとも言っています。まさにそのとおりだと思いました。野田さんご自身も、寝ても覚めても「どうすれば人を楽しませることができるか」を考えながら、その仕事を存分に遊んでいるように見えます。だからこそ、野田さんの演劇は人を引き込み、次は何をやってくれるのだろうという期待感で客席を満たすのです。

【図表】過程を楽しむと「いい仕事になる」遊ぶように仕事をできる人とは

私は今、東京新聞で毎週金曜朝刊に掲載される「人生相談」の回答者をしています。回答者は7人いて私は約月に1回お鉢が回ってくるのですが、実験的に「AIに回答させたらどうなるか」やってみたことがあります。私もそれを読みましたが、相談者に寄り添ったフリをするのは、とても上手だと思いました。けれど、その回答に「深み」はありませんでした。AI自身が悩んだり苦しんだりした経験がないからでしょう。悩みや苦しみこそが、人間の「深み」をつくると私は思います。

では、人間の深みとは何か。私自身の話をしましょう。私自身は子どもの頃に結核を患い、2年という長い療養生活を送りました。当時は今のように有効な薬がありませんから、ただ静かに横になって、美味しいものを食べて過ごすしかない。高熱が出るわけでもなく、微熱のまま、ぼんやりした日々が続きます。そんな毎日の中で、私は父親の書棚から画集や本を持ち出してきては、眺めたり、読んだりしていました。太宰治もありました。すると母親が「あまり読むな」と言うのです。そう言われると、余計に読みたくなるでしょう。内容はほとんどわかりませんでしたが、それでも「面白そうだ」という感覚だけはありました。

遊び相手といえば、天井に巣を張る蜘蛛くらい。軒先に張られた蜘蛛の巣は、夕立がくると雨粒がキラキラ光って美しい。そうやって私は幼少時代に、自分を楽しませる癖がついたのです。自分を楽しませることができなければ、他人を楽しませることもできない。遊びとは、生きることそのものなのです。

【Lesson4】人が決めたことは守らなくていい――自分で決めたことだけ守れ

人生というのは本来、不格好なもの

私は「人が決めたこと」は、全部を守る必要はないと思います。会社の慣習だとか「普通はこうするものだ」といった空気だとか、そんなものに縛られて生きる必要はありません。ですが、自分で決めたことだけは別です。自分で決めたことを守れない人は、自分の人生を生きることができません。

自分で決めて、自分で責任を引き受ける。簡単なようで、実際にできる人は少ないものです。人はすぐに「会社が悪い」「上司が悪い」「時代が悪い」と言い訳を探します。でも、本当に大事なのは「自分はどうしたいのか」でしょう。世の中には「やりたいことが見つからない」と言う人がいます。やりたいことがないのではなく、「自分で決めて責任を負いたくない」だけではないかと思うことがあります。人に決めてもらえば、失敗したときに言い訳ができます。でも、自分で決めたことだと、誰のせいにもできません。その代わり、うまくいったときの喜びも、自分のものになります。

【図表】自分で考えた決断は簡単には折れない「飛んだ人」の実例

私はこれまで「飛びたい」と相談してきた人たちに、ずいぶんたくさん会ってきました。「やりたいことをおやりなさいよ」と背中を押した人もいます。「学生時代の夢だった」のだと会社員を辞め、絵描きになった人がいました。雇われの理学療法士から独立して、自分の治療院を始めた人もいました。皆、「あのとき決断して良かった」と言っています。

近年はスポーツや芸術・美術の分野でも、日本での成功を足掛かりにして、海外で勝負する人たちが増えました。そういう人たちの活躍に、私たちは大いに勇気づけられます。皆さんに共通しているのは「誰かに言われたから」ではなく、「自分でとことん悩み考えた末に」踏み出したことです。

試行錯誤の先に自分の人生がある
試行錯誤の先に自分の人生がある

もちろん、最初から全部うまくいったわけではないでしょう。それでも「自分で決めたこと」だからこそ、簡単には腐らないのです。自分で決めてきた人は、何度でも軌道修正ができます。やってみて「違った」と思えば、また考え直せばいい。ところが、多くの人は「間違えたくない」思いが強すぎます。

失敗しない道ばかり探して、結局どこへも飛べません。そもそも未来がどうなるかなんて、誰にもわからないのです。それなら、人に敷かれたレールの上よりも、自分で切り開いた道を行こうじゃありませんか。決断ができるかどうかは能力ではなく、覚悟があるかないかだけです。

人生というのは、本来もっと不格好なものでしょう。迷ったり失敗したり、遠回りしたりしながら、自分なりの道を見つけていく。その試行錯誤の先にこそ、自分の人生があるのです。

【Lesson5】持ち家、家族の団結、世間体――個を縛る「三大要因」の正体

稼いだお金はもっと自由に使っていい

50代に飛べない人を見ていると、その理由の多くは「家」にあるようです。「住宅ローンがあるから」「せっかく家を買ったから」「家族がいるから動けない」。皆、そう言うのです。ですが私に言わせれば、家に人生を縛られてしまう生き方は、本末転倒です。

家を買った瞬間から、その場所を守るために働き続けなければならなくなる。ローンを返すために会社を辞められず、新しい挑戦もできない。気づけば「家のために生きる人生」になってしまっているのです。家を持つこと自体が悪いとは言っていません。ですが、本来、家とは人生を豊かにするためのもののはずでしょう。にもかかわらず、家に縛られて身動きが取れなくなる人が、あまりにも多い気がします。

私は、稼いだお金はもっと自由に使っていいと思います。使うために稼ぎ、また面白いことをするために働く。その循環があるから、人間は生き生きするのです。「老後のため」「家を守るため」と言いながら、やりたいことを我慢してばかりの人生は、どこか寂しい。

「家」に縛られるというのは、何も建物やローンの話だけではありません。もっと厄介なのは「家族とはこうあるべきだ」という空気です。日本では家族は仲が良くて当然、支え合って当然だと思われています。ですが、人と人が密接に関わっていれば、問題が起きるのは普通のこと。親子でも夫婦でも、毎日顔を合わせていれば衝突もするし、嫌になることもあります。それなのに、日本社会では「家族なんだから仲良くしなさい」「家族なんだから我慢しなさい」という圧力が強すぎる。

ここには、「周りと同じであらねば」という同調圧力も潜んでいます。その同調圧力に本当は苦しんでいるのに、それを外に見せてはいけないと思っている人も多いのではないでしょうか。私は「家族」は、もっと風通しのいい関係にしたほうがいいと思っています。「家族は一つでなければならない」という幻想が、時に個人を息苦しくさせるのです。家族のため、世間体のため、周囲にどう見られるかのために、本当はやりたいことを諦めてしまう。そうやって「個」が押し込められていく社会は、どこかおかしいと思います。

選択的夫婦別姓の議論も同じです。私は結婚して姓が変わったとき、ひどく気持ちが沈みました。それまでずっと「下重暁子」として生きてきたのに、戸籍の上では別の名前になってしまう。不便だから嫌だったのではありません。「自分が消えてしまった」ようで、不快だったのです。

名前というのは、単なる記号ではありません。その人がどう生きてきたか、その歴史そのものです。友人との思い出も、仕事で積み重ねてきた経験も、「下重暁子」という名前に紐づいている。それなのに、結婚した途端に「今日からこちらの名前です」と言われることに、私は納得できませんでした。

日本では、夫婦が同じ姓を名乗るのが当たり前だと思われています。ですが、世界を見れば、夫婦別姓を認めている国のほうがむしろ普通です。なぜ日本だけが、ここまで「家」にこだわるのか。その根っこには、明治時代以来の家制度、そして今なお続く戸籍制度があるのでしょう。この問題の根本には「個人」より「家」を優先する、日本社会の古い感覚があります。

憲法第13条には「すべて国民は、個人として尊重される」とあります。私はこの「個人として」という言葉が、とても好きです。ですが現実に、日本社会は個人を尊重しているでしょうか。「あなたはどう生きたいのか」より「皆とうまくやれるか」が優先される場面が、あまりにも多い気がします。

戸籍制度も、その延長線上にあります。日本では今なお「家」で人を管理する感覚が色濃く残っていますが、人間とは本来一人一人が別個の存在です。「個」が認められない社会では、人は自由に生きることができません。

【図表】選択的夫婦別姓賛成派が同姓維持派を大きく上回る
【Lesson5】89歳でもまだ飛びたい――「個の尊厳」を取り戻せ

ゴマすりで生きてきた人は、顔でわかる

近頃の犯罪報道を見ていると、ときどき妙な気持ちになります。加害者とされる容疑者について、近所の人たちが判で押したように「物静かで良い人でした」「真面目そうでした」と語っている場面が多いからです。人はおとなしく波風を立てずに生きるべきだ、というステレオタイプが刷り込まれているからだと思います。

友人に教師がいますが、最近の子どもたちは、とにかく「いい子」なのだそうです。先生に逆らわない、空気を読む、余計なことを言わない。ですが、人間というのは、ましてや子どもなどは本来、もっと面倒なものではありませんか。「どうして皆と同じじゃなきゃいけないの」と反発したり、納得できなければ怒ったりする。その過程があって、人は少しずつ「自分」を持つ大人になっていくのです。

ところが最近は、社会がそうした凸凹した部分を、なるべく早く削ってしまおうとします。そうすると、やがて子どもは自分の頭で考えなくなってしまいます。何かを始めようとしても、まず正解を探そうとする。「皆はどうしていますか」「前例はありますか」と確認しないと不安になるのです。本来、自分の人生に「正解」なんてあるのでしょうか。そうやって、従順ではあるけれど、自分の意思では生きていない人が増えていくのです。

大学時代の同窓会に参加すると、つくづく「その人の歩んできた人生は顔に出る」と思います。長いものに巻かれ、妥協を重ね、上にゴマをすりながら生きてきた人は、すぐにわかります。そんな顔にはなりたくないものです。

【図表】自分でとことん考えて決断すればいい「個」の尊厳を取り戻す3つの方法
自分という人間を最後まで諦めない
自分という人間を最後まで諦めない

若い頃は尖っていたのに、何十年か経つと、会社の肩書の話しかしなくなる。その人が本来持っていたはずの「その人らしさ」が消えてしまっていると、寂しさを感じます。逆に、肩書とは関係なく「ああ、この人はちゃんと自分の人生を歩んできたんだな」と感じる人は、話していても面白い。

ところが、自分のことを本当にわかっている人は、案外少ないものです。周囲に合わせながら生きているうちに、人はいつの間にか「他人の基準」で物事を考えるようになります。

一人でいることが苦手な人も増えました。ですが、一人で考える時間がないと、人は自分の輪郭を見失ってしまいます。自分で面白がろうとしない人に、面白い人生なんて来るのでしょうか。私はこれからも「次は何をどうやってみようか」と考えていたい。

自分ひとりを食べさせる経済的自立、自分で考え自分で決める精神的自立があってこそ自由に生きられる。人間は、最後まで変わり続ける生き物です。私は自分という人間を、最後まで諦めたくありません。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年6月12日号)の一部を再編集したものです。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)