年齢を重ねるほど、抱え込むものは増えていく。何を残し、何をやめるか。日本に女性外来を根付かせた医師が、80代の今だからこそ語る「身軽な生き方」とは――。

60代になってからが人生のスタートだった

私は現役の内科医として週2回、「女性外来」で診療を行っています。女性と男性とでは、なりやすい病気や症状の現れ方に違いがあるのです。しかし、私が医師になったばかりの頃、日本にはまだ性差医療の考え方がなく、女性も男性と同じ医療を受けるのが当たり前でした。日本で初めての女性外来は、私の呼びかけで2001年に鹿児島大学医学部附属病院で開設され、今では全国の医療機関に広がっています。

天野惠子さん
天野惠子(あまの・けいこ)
1942年生まれ。循環器内科医。静風荘病院特別顧問。日本性差医学・医療学会理事、NPO法人性差医療情報ネットワーク理事長。東京大学医学部卒業。女性外来・性差医療の先駆者としての功績により令和7年吉川英治文化賞を受賞。

83歳になった今は心も体も元気に働いていますが、50代の頃は超重度の更年期障害に悩まされました。異常出血に始まり、強いのぼせやほてり、発汗、下半身のしびれ、体中の関節の痛み、立っていられないほどのひどい疲労感と倦怠感、全身の冷え……。そんな地獄からようやく抜けられたのは59歳のとき。ある日突然、霧が晴れるように症状がスッキリとなくなったのです。長年苦しみ続けた体の不調が消えると、たちまちやる気がみなぎりました。「私の人生、ここからがスタート」とばかりに、まだ日本で知られていなかった性差医療を広めるための学会を設立し、全国に女性外来を展開する活動に邁進まいしんしてきました。

大学を卒業してから、3人の娘の子育てと医師としての仕事を両立し、いろいろなものを背負い込んで走り続けてきた日々。60代になってもなお、手放すことなど一つもありませんでした。63歳のときに離婚し、娘たちも巣立ってからは、2匹の愛猫とともに自由気ままな一人暮らしを楽しんでいます。

私がようやく何かを手放し始めたのは最近のことです。年齢とともに体が変化してきたのを理由に、それまで続けてきたものをやめる決断をしたのですが、その話の前にまずは60代以降、私の体にどんな変化が起こったのかを医師の視点からお伝えします。

塩なしの野菜スープで血圧と血糖が下がった

体も機械と同じで、メンテナンスをしなければあちこちにガタがきます。最初に気付いたのは記憶力の低下です。もともと記憶力には自信があり、患者さんの名前や症状はカルテを見なくても思い出せるタイプでした。ところが、65歳を過ぎたある日、初めて異変を感じました。論文を読んでいると赤線が引いてあって、それを見て「そうか、前にも読んだことがあったのか」と気付いたのです。

【図表】留学、子育て、女性外来設立……天野医師のこれまでの歩み

検査では脳にも血管にも異常はなく、血圧も血糖値もすべて正常でしたが、たとえ検査結果に出なくても、体は確実に変わっていくのだと実感しました。

次に起こったのは、血圧と血糖値の変化です。75歳のときに受けた健康診断で、随時血圧が142mmHgと高く、糖尿病の診断や管理に用いられるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の値も7.2%と正常値を超えていました。HbA1cの値が高いのは、閉経後のエストロゲンの減少によって血糖値を下げるインスリンの効きが悪くなったからです。これは閉経後の女性に多く見られる現象です。

検診結果の説明を受けて参考にしたのは、抗がん剤の世界的権威・前田浩博士による「最強の野菜スープ」の本です。表紙には、「がんの予防には野菜スープが一番。高血圧・糖尿病・白内障・アトピー・シミも改善」と書いてありました。

作り方は簡単です。基本となる、「キャベツ・ニンジン・タマネギ・カボチャ」の4種類の野菜を食べやすい大きさに切り、水を入れて弱火で30分ほどコトコト煮込むだけ。それぞれの野菜に含まれるファイトケミカル(抗酸化物質)を丸ごと取り込むことで、免疫力が高まる効果もあるとされています。調味料は一切入れません。野菜の甘みと旨みのみの味付けです。

この野菜スープを朝昼晩の食事に取り入れ、3カ月間毎日続けたところ、随時血圧は120mmHg台まで低下し、血糖値も改善の傾向が見られました。しかし、それ以上に驚いたのが味覚の変化です。今ではお寿司を食べるときにもお醤油を使わなくなりましたし、お漬物も一切食べません。「我慢してやめた」のではなく、体が自然と受け付けなくなったのです。もともと味が濃すぎるものは好きではありませんが、お醤油そのものが嫌いになるとは思っていませんでした。

去年は元気だったから今年も同じとは限らない

こうした自分の体験をもとに、私の外来を訪れる高血圧や糖尿病の患者さんたちにも野菜スープをおすすめしています。真面目に続けている方たちは、皆さん口をそろえて「味覚が変わった」とおっしゃいます。野菜を食べて、スープを飲むだけで効果が得られ、副作用もありません。野菜スープは、もはや薬よりも頼れる養生食です。

健康管理には自信のある私ですが、「80歳の壁」を強く実感する出来事がありました。それまでは何ともなかったことで体に不調をきたすのが80代です。私の場合、漢方薬を飲んだときに異変が起こりました。ある日、転んでたんこぶができてしまったので、打撲に効く「治打撲一方ぢだぼくいっぽう」という漢方薬を飲んだところ、しばらくして血圧が200mmHgまで急上昇してしまったのです。最初は血圧計が壊れたのかと思いましたが、どうやら異変が起きているのは自分のほう。原因は、加齢による薬物代謝の低下でした。肝臓の代謝機能が落ち、「薬が効きすぎた」ことで副作用が出てしまったのです。

漢方薬には子どもの頃から馴染みがあり、医師になってからも日常的に使っていたのですが、こんな異変は初めての経験。服用をやめて2週間で血圧は正常に戻りましたが、変化していく自分の体にしっかりと注意を向けていこうと改めて思った出来事でした。

また、こんなこともありました。3年おきに行っている大腸検査のために就眠時に下剤を飲んだところ、翌朝下血がありました。検査をすると、大腸の内皮に線状の出血が見つかりました。これも「薬が効きすぎた」ことが原因でした。

皮膚のシミや関節の痛みなど、見た目や感覚の変化は自分でもわかりますが、肝臓の代謝機能が落ちているかどうかまではわかりません。同じだと思っていても、体は年々変化していくもの。去年は大丈夫だったからといって、今年も大丈夫だとは限らないのです。

大切なのは、そうした自分の体の変化に気付き、生活をシフトさせていくことです。私自身、80歳になってから体のメンテナンスに本格的に取り組むようになりました。この先も、85歳、90歳と、加齢によって自分の体にどんなことが起こるのかを観察していきたい。それを世の中に伝えていくことが、医師である私の役目だと思っています。

やるべきことのために不要なものは手放す

年齢とともに体が変化したのをきっかけに、それまで続けてきたものをいくつか「やめる」決断をしました。

まず80歳のときに、それまで週1回担当していた松戸市立総合医療センターの外来診療をやめました。電車を3回乗り換えて片道1時間以上かけて通っていたので、通勤が負担になっていたのです。さらに、現在の勤め先である静風荘病院のほうも、外来診療を週3日から2日に減らしました。

診療をやめた代わりに、増やしたのがパーソナルトレーニングです。仕事を減らした分を、そのまま体のメンテナンスにあてることにしました。年を重ねるとともに必要なものは変わっていきますから、それに合わせて時間の使い方を変えるだけ。単にやめるのではなく、「入れ替える」という発想です。

現在は、自分の状態に合わせて週4日を体づくりとメンテナンスにあてています。月曜日は関節のストレッチ、水曜日は筋力維持のトレーニング、金曜日は体の動きをスムーズにするための筋膜リリース、日曜日はリフレクソロジーと指圧。担当してくださる4人のトレーナーさんたちは、それぞれ得意分野が違い、いい勉強になります。

【図表】「通勤」をやめて「トレーニング」に入れ替えた83歳天野医師の1週間のスケジュール

私がここまで体のメンテナンスに力を入れているのは、子どもたちに迷惑をかけたくないから。その甲斐あって、娘たちからは「ママは放っておいても大丈夫。あれだけ元気ならば、私たちの出る幕はないわ」と言われています。さらに年を重ねれば、できないことも出てくるでしょうが、できるだけ自分の体のことは自分で責任を持ってコントロールしていきたいと思っています。

80歳になって「やめる」決断をしたのは、やるべきことを続けるための選択でもあります。25年4月に吉川英治文化賞を受賞してからは講演や取材の依頼が増えましたが、夕方以降の講演は一切受けないと決めています。それは毎日21時に就寝するリズムを守るためです。

今や全国の女性外来で、たくましく育った私の弟子たちが活躍しています。それでも、私は日本で初めて性差医療に取り組んだ医師として、私にしかできないこと、発信すべきことがまだまだあると思っています。自分の使命がはっきりしているからこそ、それを続けるために不要なものを手放す決断が迷いなくできるのです。

しっかり体を温めるとあらゆる不調が改善する

では、健康のために「やめたほうがいいこと・続けたほうがいいこと」は何か。医師という立場から、私の考えをお伝えしましょう。

私が健康のために一番大事だと考えているのが睡眠です。若い人は特に睡眠時間を削ってしまいがちですが、「夜更かし」はやめたほうがいい。太陽とともに起きて、太陽が沈んだら早く寝るのが基本です。毎日のリズムを崩さずに過ごすことを心がけましょう。

私は医師としての仕事が忙しかった時期以外は、毎朝4時半〜5時には起き、夜は21時に寝る生活を送ってきました。この生活リズムが身についたのは、父の影響です。父は結核と診断されたことがあり(後に誤診と判明)、私が幼い頃から「いい空気・いい食事・いい睡眠」を徹底させてきました。そのため、今でも睡眠時間をしっかり確保する生活が続いています。

天野医師の愛猫。朝4時半~5時に起床し、白湯を飲み、猫たちにリードをつけて散歩に行くのが日課。
天野医師の愛猫。朝4時半~5時に起床し、白湯を飲み、猫たちにリードをつけて散歩に行くのが日課。

また、やめたほうがいいのは、体を冷やすこと。シャワーだけで入浴をすませるのはおすすめしません。なぜなら冷えは万病のもとであり、しっかりと体を温めることが、健康につながるからです。体を温めると血管内で一酸化窒素の産生が促進され、血管が広がる。すると全身の血流がよくなり、体のあらゆる不調が改善するというメカニズムです。

私は朝起きたら、まず白湯を1杯飲み、内臓を温めます。さらに朝と晩の1日2回、必ず温かいお風呂につかります。50代でひどい更年期障害に悩まされていたとき、西洋医学、東洋医学、鍼灸、気功とあらゆる治療法や健康法を試しましたが、唯一効果があった方法が、入浴で体を温めることでした。

私が勤める静風荘病院の女性外来では、低温の乾式サウナを使って体を温める和温療法を行っています。これは鹿児島大学の教授だった鄭忠和ていちゅうわ医師が考案した温熱療法で、心不全や閉塞性動脈硬化症の治療法としてエビデンスが確立されています。更年期症状をはじめ、パーキンソン病の体のこわばり、腰痛や肩こりの改善などさまざまな効果があります。

和温療法を行っている医療機関は限られますが、毎日の入浴でも同様の効果は期待できます。40℃程度の少しぬるめのお湯に肩までしっかりつかり、15分ほど体を温めましょう。一般的なサウナでも効果がありますが、高温だと体への負担が大きいので、40〜60℃くらいの低温サウナがおすすめです。

一方で、健康のために続けたほうがいいのは運動です。特に50歳までに、骨量・筋肉量を高め、血流を促す習慣をつけることが重要です。なぜなら、それ以降は加齢に伴ってどれも減っていくからです。たとえば、筋肉量は40代半ば頃から1年に1%くらいの割合で減少するといわれています。

とはいえ、運動にはケガなどのリスクもありますので、高齢になってから無理をする必要はありません。自分に合ったものを、自分のペースで続けていくことが大事です。テニスやゴルフをする人たちは長生きする傾向にあるという研究もあるようですが、どんなスポーツにも健康増進の効果はあるので種目は気にしなくても構いません。運動習慣は血流を促進し、心肺機能を高めるほか、体脂肪を減らして筋力を高めることで、高血圧や糖尿病など生活習慣病の予防にもつながります。

私はもともと歩くことが好きで、今でも1日8000歩は歩いています。いつも車で移動していて歩く習慣がないという人も、まずは6000歩を目標にしてみましょう。

【図表】ほかを手放してでも、これだけは必須 100歳現役を目指すための3つの習慣

人との言い争いは今すぐやめるべき

ストレスに負けずに心身の健康を保つには、自分の思考をコントロールすることも大切。今すぐやめたほうがいいのは、人と争うことです。

いくつになっても人生に人間関係の悩みはつきもの。私自身、幼い頃は、父が結核と誤診されたことで同級生にいじめられましたし、東大の医局では、「君には稼いでくれる旦那さんがいるでしょう」と言われて9年間も無給でした。結婚していた頃は、義母との関係に悩んだこともありました。そんなストレスだらけの環境でも、人とケンカをしたことは一度もありません。それは、声を荒らげたり怒ったりしても、相手を変えることはできないからです。

わかり合えない人とケンカをしても、時間のムダ。揉め事になりそうだなと思ったら、自分からスッとかわして逃げましょう。人間関係のストレスは上手にスルーしていくのが、健やかに生きるコツです。嫌なことよりも、好きなことに時間を使ったほうがずっと自分のためになりますから。

私は今の生活が本当に幸せです。今日も散歩をしながら花を眺めていたら、「なんて幸せなんだろう」という気持ちが自然と湧き上がってきました。すると、一生懸命歩いているアリに目がとまり、思わず「あなたも一つの命だものね」と話しかけていました。ちょっと外に目を向ければ、世の中には美しいもの、いいものがたくさんあります。それに気付き、幸せを感じることができれば、人生はもっと素晴らしいものになるはずです。

この年になって思うのは、自分を信じて、人のために働いていれば、必ず応援してくれる人が現れるということ。私は「女性だから」という理由で昇進を阻まれ続け、51歳で東大をやめて東京水産大学(現・東京海洋大学)保健管理センターの教授に就任しました。そこには、性差医療の研究を掘り下げ、打ち込める環境があったのです。「女性のための医療が必要だ」という信念を曲げずに、愚直に活動を続けていたら、次第に周囲の人たちが応援してくれるようになりました。

私の目標は、100歳まで現役の医師でいること。自分の経験を診療に生かすためにも、まだまだ自分の体で「実験」を続けていくつもりです。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年6月12日号)の一部を再編集したものです。

(構成=安藤 梢 写真=本人提供)