シニアを活用する会社、追い出したい会社
定年が見えてきたが、今の会社に残るべきか、それとも早めにやめるべきか――50代の会社員の多くがこの問いに向き合うでしょう。お金の損得に限っていえば、雇用されるうちは「そのまま続ける」がほぼ正解です。
パーソル総合研究所シンクタンク本部上席主任研究員。メーカー人事部.経営企画部を経て、総合コンサルティングファームで人事制度改革に従事。2017年パーソル総合研究所に入社。1960年生まれで、自身も再雇用の身。
60代前半の就業者を対象にしたパーソル総合研究所の調査(※1)では、55歳以降に転職した人の年収は200万〜400万円がボリュームゾーンで約44.4%。対して継続勤務の人は400万円以上が67.3%、700万円以上も3割弱います。付け加えると、転職して年収を維持できる確率は4割以下。厳しいですが、これが現実です。
給与水準が高い会社は若い人を雇うことができます。あなたが「めったにいないレベルの優秀な人材」でない限り、そういった会社があえて中高年を積極的に選ぶ理由はありません。「普通の50代」が転職したら年収は下がる確率が高いのは当然のことです。
継続勤務でも、87.7%の企業が60歳を迎えた社員の処遇を下げるため、平均では年収が28%ダウンします(従業員300人以上の企業を対象とした調査)。それでも、データ上は転職よりずっと有利なのです。
では、仮にお金を最優先に考えて働き続けるとして、今度は自分の勤める会社が「60代を戦力として積極的に活用しようとしている」のか、「正直、もうやめてほしいと思っている」のか。ここが気になるポイントだと思います。
マクロの労働需要が高まっている中、企業全体の動向を見ると、直近5年以内に60代以上社員の年収を引き上げた企業は25.7%、今後引き上げる予定・検討中の企業は56.3%に上ります(※2)。一方で、黒字リストラに踏み切る会社も少なくありません。シニア社員を積極活用したい会社と、思いきって減らしたい会社で、二極化しているのが現状です。
自社に視点を移すと、60代以上の人材を活用する意欲があるのか見分けるポイントは3つあります。1つ目は、過去に黒字リストラをしているか。2つ目は、年収の落ち幅です。「60歳で年収が平均28%下がる」という調査結果を紹介しましたが、40%以上下がる会社は、「ベテランはもう引いてほしい」と思っている可能性が高い。
3つ目は、定年年齢が60歳のままかどうか。現在は65歳までの雇用が法律上義務づけられていますが、60歳定年の会社は、半年や1年の再雇用契約を更新する形で、60歳以降の処遇を見直すチャンスを増やしているのです。ちなみに、「役職定年制度があるかどうか」は指標にはなりません。管理職の新陳代謝を図ることは、経営の必須要件のひとつなので、潔く受け入れるしかありません。
まずは、定年後の自分の処遇がどうなるか、50歳になったら会社に率直に聞いてみることをおすすめします。希望退職・早期退職は、基本的に50歳以上が対象です。「残るか、やめるか」の選択を突然迫られる場面がないとはいえません。損得計算の材料を早めに収集しておくほうが賢明です。
希望退職の募集期間はたいてい2週間から1カ月程度ですし、複数回の募集を行う場合も、回を追うごとに条件が上がるわけではありません。1回目より2回目のほうが条件が良かったら、「もう少し様子を見てみよう」と3回目を待つ人が増えてしまうからです。いざという時に早めに決断できるよう、事前に自社のシニア処遇の正確な情報を持っておく。これが大切です。
ところで、「自分は会社に貢献しているのだから、定年後の処遇は個別に交渉させてほしい」と思う人もいるでしょう。しかし、60歳以降の処遇を個別に決めている会社は7.9%にとどまります。9割以上の会社は、全員一律、もしくは役職や等級などのグループごとに処遇を決めています(※2)。
60代になると働く能力・意欲だけでなく、働き方に対する希望も個人差が大きくなりますが、柔軟に対応する会社が多いとはいえないのです。
お金は運用で増えるが時間は絶対に増えない
定年後の処遇を確認したうえで、やはり「転職する」という選択肢を魅力的に感じる人もいるでしょう。そこで、もう少しリアルなお話をしておきます。50代前半に限っていえば、転職市場は活性化しています。この年代は団塊ジュニア世代にあたり、労働人口そのものが多いのも理由の一つです。ただし、55歳を超えると正社員での転職は一気にハードルが上がります。
そんな中、幸いにしてその「55歳の壁」を突破し、年収維持または年収アップで転職できたとします。しかし、その転職先で何が起きるか、想像できているでしょうか。50代の人材を好待遇で迎える会社は、「うちの社員では今まで誰もできなかったことをやってくれ」と期待しているはずです。協調性を重んじて「まずはこの会社のやり方を学ばせてください」などと謙虚に振る舞えば、「高い給料を払っているのに期待外れだ」と見限られる。逆に「この会社を変えてやろう」と強気に動き回れば、現場からの猛反発に遭う。どちらにしても針の筵かもしれません。
特に、一度も転職経験がない人や、最後の転職から10年以上経っている人は要注意です。かつての自分より年を取っていること、まったく異なる環境へ踏み出そうとしていることを自覚すべきだと思います。
会社にこだわらないのであれば、個人事業主として独立する選択肢もあります。ただし、個人事業には「受注できないかもしれない」というリスクがつきものです。専門性やスキルの高さだけでは足りません。生計を立てるためには、自分自身で顧客を開拓し、仕事を受注できるだけの人脈や営業力を持っているかどうかが成否を分けます。
最後に、「会社をやめるかどうか」の先にある、本質的な問いかけをします。皆さんは、ご自身が何歳まで健康でいられるとイメージしていますか。
自分の寿命と健康寿命があとどれくらいかを予想してもらった調査結果と厚生労働省の統計データを重ねると、多くの人が残り時間を実際よりも長く見積もっていることがわかります。仮に70歳まで働けたとしても、その後に自由に動ける時間は思っているほど長くないかもしれません。お金は資産運用で増やせますが、時間は失う一方で取り戻せません。年をとるごとに、時間の希少性は高まっていきます。
60代前半を対象とした調査では、就労状況(正社員等、パート・アルバイト、非就業者)にかかわらず、「老後に対してお金の不安がある人」の割合は一定でした(※1)。むしろ、働いている人のほうが非就業者よりもお金の心配をしている、という傾向が読み取れます。仕事を続けてもやめても、不安な人は不安なのです。
元気に働いている人が「もう仕事はやめる」と宣言すると、おそらく周囲からは「もったいない」と言われます。「まだ稼げるのに」が、この「もったいない」には含意されています。
しかし、せっかく稼いだのに使っていないお金や、稼ぐために費やしている時間はどうでしょう。これらに対して「もったいない」とは思いませんか。残りの人生に実際に必要な金額はいくらか、そして、お金を稼ぐための仕事にどれくらいの時間を割く価値があるのかを考えてみるべきです。もしかすると、働いて稼ぐ時間を、健康維持・増進のための時間に振り向けるほうが、充実した人生に繋がるかもしれません。
もちろん、働く目的としてお金を挙げる人が多いことは事実ですが、自己実現や社会貢献などのやりがいを第一に求める人もいるでしょう。「お金・時間・やりがい」――定年前後の時期は、この3つの軸の優先順位を納得がいくまで再考することをおすすめします。定年は、そのバランスを組み替える絶好の機会です。「もったいない」の呪縛から自由になって、この3つの軸で仕事を見つめ直し、充実した人生に繋がる働き方を選択してほしいと思います。
※1:パーソル総合研究所「『正社員として20年以上勤務した60代』の就労実態調査」2024年10月18日~23日
※2:パーソル総合研究所「企業の60代社員の活用施策に関する調査」2025年3月7日~11日
結婚による幸福感は薄れていくのが普通
幸福の感じ方は人によって異なります。ただし、100人、1000人、1万人……と大勢のデータを集めていくと、あるイベントに直面したときに人々の幸福度がどう変化するか、その規則性がわかってきます。たとえば離婚や失業など、私たちがこれから経験するかもしれない出来事についても、「平均的にはこう変化するだろう」という予測を立てることができるのです。
拓殖大学政経学部教授。慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(商学)。外資系経営コンサルティング会社、明海大学を経て、2023年より現職。専門は労働経済学・家族の経済学・幸福の経済学。
幸福度研究で使われる手法は主にアンケートで、質問内容は「今どのくらい幸せか」を問うシンプルなものです。「そんな大雑把な方法で大丈夫なのか」と思うかもしれませんが、きちんと安定性や一貫性のあるデータがとれることが証明されており、世界中で同じ尺度が使われています。幸福度の分析を通じて私たちが明らかにしたいのは、「幸せの決定条件」です。
そもそも、結婚生活が続く限り幸せも続くのでしょうか。日本で行われた研究結果を見ると、「夫婦関係は経年劣化する」ことがわかっています。調査(1993〜2020年)によると、結婚後およそ10年を境に、夫婦関係に「満足」している割合よりも「普通」と「不満」を合わせた割合のほうが多くなります。親密な関係が長期化すると、得られる幸福感は下がっていくのです。
一方、オーストラリアでは、「年の差夫婦」についての研究も行われています。夫婦の年齢差と結婚生活の満足度の関係を調べると、男性も女性も、「年下の配偶者と結婚した人」の満足度がそうでない人よりも高いという結果が出ました。ただし結婚から10年が過ぎると、当初の満足度はほぼ消失していたのです。どんなにワクワクドキドキする関係でも、長く続くと刺激は薄れるということでしょう。
結婚生活の長さのほかに、「子どもの有無」も幸福度に大きく影響することがわかっています。今のところ、日本の高齢既婚男女では、子どもがいる世帯のほうが幸福度は低い傾向があります。考えられる理由は主に2つ。一つは、それまでの子育てにかかった出費によって、金融資産が少なくなっていること。もう一つは、子どもが未婚のまま親と同居し続けるケースが徐々に増えていることです。社会全体で未婚率が上昇していることを背景に、50〜60代になってもまだ子どもと同居している状況が、特に父親の幸福度を下げているという研究結果が出ています。
では、離婚した場合、幸福度はどう変化するか。一般的に離婚で幸福度が下がることは研究で確認されていますが、その影響は女性よりも男性のほうが深刻です。パリ経済学校のアンドリュー・クラーク教授らによるイギリス大規模調査(16〜60歳の男性約4万7000人、女性約5万5000人が対象)では、離婚前後数年間の生活満足度の変化を詳細に分析しています。その結果、男女ともに離婚直後の生活満足度は下がりますが、女性は離婚2年後以降に、離婚前よりも生活満足度が高くなっています。対して男性は離婚3年前から離婚する年にかけて生活満足度が低下し、離婚から5年が経っても回復傾向が見られませんでした。
なぜ男性のほうがショックが大きいのか
男女の回復力の差については、日本人の熟年離婚でも同様の結果が確認されています。中高齢男女約12万人を対象とした「中高年者縦断調査」(2005〜12年)でメンタルヘルスの変化を見ると、女性は離婚1年後からメンタルヘルスが改善し始め、回復に向かいます。一方、男性は離婚後も悪化したままで、離婚後3年を経ても女性のような回復曲線が見られないのです。
趣味・教養活動(囲碁、料理、旅行など)や地域行事(町内会の催しなど)への参加割合を見ても、女性が離婚を機に社会活動を活発化させてネットワークを広げていく一方で、男性は孤立を深め、健康へのケアも行き届かなくなっていく実態が浮かび上がりました。
このように、年代を問わず、離婚の影響は男性において女性よりも深刻です。なぜこのような差が出るのでしょうか。それは、「夫婦のどちらが離婚を切り出すか」ということとも関係がありそうです。最高裁判所の「司法統計年報」によると、24年の離婚申し立てのうち、「妻から」は約74%を占めています。妻は不幸な結婚生活からの出口戦略として離婚を位置づけており、事前にさまざまな準備や計画を行っています。インターネットなどで離婚に関する情報を事前に調べ、離婚後の生活もある程度イメージしやすくなっていることが回復の早さにつながっているのでしょう。
一方で男性は、多くの場合、一方的に離婚を言い渡される側になるため、ショックが大きくなりやすいのです。少し話はそれますが、興味深い研究結果として、「多くの人が失業している地域」では失業によるショック(幸福度低下)が比較的小さくて済むことがわかっています。人間は、他人と自分を比べざるをえない社会的な動物です。SNSを通して他人の華やかな生活を目にすることが人々の幸福度にマイナスの影響を及ぼしているという議論も、海外では活発に行われています。周りが何をしているかが自分の幸福感に大きく影響してくるのです。このメカニズムをもとに推測すると、離婚した人や独身の人が多い地域・コミュニティでは、離婚のネガティブな影響が多少緩和される可能性があります。
離婚後の幸福度の回復に影響する大きな要因の一つが、再婚の有無です。海外のグレイ・ディボース(熟年離婚)に関する研究では、再婚できた人のほうが幸福度の回復が早いことがわかっています。日本の結婚市場を見ても、全体の婚姻率は下がっているにもかかわらず、再婚率は上がっています。つまり、一部のモテる層が何度も結婚している状況です。経済学的研究では、結婚市場における配偶者選好の傾向として、女性は男性の社会経済的地位を重視するという結果が複数報告されています。したがって、地位やお金を持っている男性は、50代でも再婚できる可能性が高いと言えるでしょう。
夫婦関係が悪い場合は離婚で幸福度が上昇
一般的に、年齢と幸福度の関係はU字型になることが明らかになっています。若年期から中年期にかけて幸福度が低下していき、48歳付近で幸福度が最も低くなるのです。その後は高齢になるにつれて上昇していきます。
中年期の幸福度が低い理由については諸説ありますが、親の介護と子どもの進学が重なり、金銭的な負担が大きくなることも一因と考えられます。ところが所得が非常に高い層では、中年期にも幸福度は下がらず、グラフがU字型ではなく「真っ平ら」になる傾向があります。お金が人生のさまざまなイベントによるショックを緩和している可能性が高いのです。所得が高い人の離婚について調べた研究はまだありませんが、お金があれば、離婚によるダメージも比較的小さくなるという推測が成り立ちます。
では、「結婚生活を続けるべきか」と迷っている人はどうすればいいか。非常に難しい問題ですが、明らかなのは、「夫婦関係が悪い場合」においては離婚後に幸福度の上昇が見られることです。苦しい関係から解放されることが理由でしょう。この傾向は年齢にはあまり関係なく、50〜60代の熟年離婚でも当てはまります。
ただし、離婚を決断する前に考えておくべきことはあります。研究結果から言える範囲では、まず、女性は離婚後に経済状況がどうなるかを見極めたほうがいいでしょう。生活水準が下がれば、幸福度も下がってしまう可能性があります。一方で男性は、性別役割分業の意識に注意してください。とくに50代以上の世代は、無意識に「家庭では女性に世話をしてもらうのが当たり前」と感じている可能性があります。離婚すると、日常的に依存してきた妻からのサポートを失い、心身の健康を損ねるリスクが生じます。
また、夫婦間の年齢差が大きいほど、性別役割分業意識が強くなることも研究でわかっています。年の離れた妻を持つ男性はとくに注意が必要です。離婚は妻から言い渡されるケースが大半ですから、突然、別れを切り出されないよう日頃から夫婦関係に注意を払ったほうがよいでしょう。
お金や健康など、幸せに影響を及ぼす要因は多くありますが、その中でも「人間関係がとくに大きなインパクトを持つのではないか」と指摘されています。年齢や資産にかかわらず、困ったときに頼れる人や話せる人の存在は幸福度を高めてくれるのです。
判断の先送りは大きな損につながる
定年間近になってから、その後の住まいや暮らしについて考える人が多くいます。しかし、「それでは遅すぎる」と言わざるをえません。年をとると思考能力も衰えてきますから、退職を目前に慌てて考えても、いい答えは見つからないのです。私の周囲にもリタイアした人が増えましたが、最初の3カ月ほどは「毎日が日曜日」を満喫していても、半年後にはやることが見つからず、愚痴をこぼすようになります。
不動産事業プロデューサー/オラガ総研代表取締役。東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループ、三井不動産などを経て2009年に独立。『50歳からの不動産 不動産屋と銀行に煽られないために』など著書多数。
そこで、50歳くらいから「第2の人生をどう生きたいか」自問自答することをおすすめします。50歳から65歳までの10〜15年をかけて「自分は何者か」を突き詰めて考えれば、その後の住まいをどうするべきかがおのずと見えてきます。とりわけ55歳は人生の大きな分岐点です。リモートワークを併用して出社頻度を減らすなど、通勤に費やしていた時間を有効活用し、人生の戦略策定に充てるべきでしょう。会社員としての定期収入があり、住宅ローンの完済も見えてくるこの時期こそ、次のステージをどうするかを考えるための絶好の準備期間です。
多くの人が「都心に家を持っていれば資産になる」と考えていますが、それは幻想です。仮に5000万円で購入した物件が8000万円に値上がりしていても、売却するまでは含み益にすぎません。住み続けている限り、自宅は何も生み出さないのです。
バブル景気(1986〜91年頃)の時期には、多くの人が「一国一城の主」を目指し、住宅ローンを組んで郊外の家を買いました。しかし、そうしたニュータウンの多くは一世代限りで子どもには引き継がれず、いまや空き家問題に直面しています。現在50代くらいの人が若い頃に買った都心のマンションも同じです。当時はピカピカだったタワーマンションも、80歳になる頃には築40〜50年。修繕積立金の負担が重くのしかかり、スラム化するリスクもあります。そんな物件は売れませんし、子どもに譲ろうとしても嫌がられてしまうでしょう。
ただし、私は「とにかく早く住み替えろ」と言っているわけではありません。第2の人生を最高のものにするために必要なのは、「いまの家は、これからもずっと住み続けて楽しい場所なのか」を見つめ直すことです。そのまま住み続けるという選択が正解となるのは、あなたが心からその家や街を気に入っており、居住面積を縮小する必要性も感じていない場合のみ。地域のコミュニティにすでに入っているか、あるいはこれから積極的に入っていく自信があることも大切です。
一方で、いまの住まいを手放すことを検討すべき人の条件もあります。まず、かつて「通勤」や「教育」を最優先に家を選んだ人です。子どもがまだ学校に通っている場合を除き、これらはあなたの退職後の生活に関係ありません。さらに、地域コミュニティとのつながりが薄く、隣人の顔すらよく知らないという状況であれば、その街に固執する理由は少ないでしょう。また、子どもが独立した後も夫婦2人で70平方メートル以上の3LDKに住み、使わない子ども部屋をそのまま残しているケースも多いですが、その空間が現在の生活にまったく貢献していないことを自覚すべきです。
「売り時は過ぎた」それでも動くべき理由
金銭面の損得だけで言えば、不動産の絶好の売り時は2025年前半あたりでピークを迎えてしまった感があります。今後の金利上昇は避けられず、それに伴って不動産価格の二極化がいっそう鮮明になるでしょう。インフレに連動して家賃を引き上げることが可能な都心のブランド立地――たとえば麻布・六本木・赤坂などの不動産相場は高水準で維持されますが、それ以外の一般的なエリアは、借り手であるサラリーマンの実質賃金が上がらなければ、家賃も上げられません。金利上昇で物件価格は下落するでしょう。
いまあなたが住んでいるエリアの不動産相場は将来どうなるのか。それを見極めるうえで、最も重要かつ誰にでもわかりやすい指標は「人口動態」です。転出入が活発で、若いファミリー層が絶えず流入してくる街は、不動産価格が下落しにくく安定します。自分の街がそうした活気ある状態を保てているか、あるいは高齢化が進んでいるかは、日常的に街を散歩して行き交う人を観察するだけでも十分に把握できます。自分の目で街の雰囲気を感じ取ることが不可欠なのです。
とくに注意が必要なのは「仕上がってしまった街」です。同じ世代が一斉に入居し、街全体が同時に年をとっていくエリアを意味します。かつての郊外ニュータウンが典型ですが、将来的には湾岸エリアのタワマン群もそれに該当します。建物と住人が一斉に高齢化していくと、修繕や管理に関する合意形成が難しくなり、維持管理が立ち行かなくなるリスクを抱えています。
だからこそ、もし自宅の含み益に大きな期待を寄せているのなら、価格が高水準にあるうちに売却してキャッシュに換えることをおすすめします。仮にあなたが75歳になったときに価格がさらに上がっていたとしても、その年齢では資金の使い道が限られます。元気に動き回れる50〜60代のうちに自宅を売却して利益を確定させれば、それが第2の人生を豊かにする資金になるはずです。
都心のマンションを売却してまとまったお金を手にしたら、ぜひ視野を広げて住み替え先を探しましょう。たとえば神奈川県の湘南エリアに目を向ければ、大磯や二宮あたりで築20年以内の中古戸建てが4000万円台で十分に手が届くことがわかります。この価格帯なら、都心の家を売って得た売却益だけで家を取得できるかもしれません。残りの資金は旅行や趣味のために自由に使えるのです。大磯であれば、東京までは電車で約1時間。大抵は座って快適に移動できるので、適度な利便性と自然豊かな環境を両立できます。
ここでの重要なポイントは、住み替え先に「資産価値」を求めないこと。築年数の古い戸建てであっても、自分たちが生涯住み潰すつもりなら何の問題もありません。見栄やプライドを捨て、自分の好みや趣味の都合だけで楽しく家を選ぶべきです。どうしても都心を離れたくないなら、生活空間を縮小すれば予算内で理想の住まいを見つけることもできるでしょう。
定年後の住まいや資金計画を考える際には、「3つの罠」に注意してください。第1に「投資用不動産」です。退職後の不労所得を夢見て不動産投資に手を出す人がいますが、非常に危険です。素人が聞きかじりの知識で成功するほど甘い世界ではありません。
第2に「セールス・アンド・リースバック」。自宅を売却し、新オーナーから借り受ける形で住み続けられる仕組みです。子どもに家を残すつもりがない人には、一見すると使い勝手がよく見えます。しかし、限度額まで資金を受け取ってしまうと、最終的に立ち退きを迫られます。本人ではなく金融機関が儲かる仕組みになっていますから、安易に利用してはいけません。
第3に、「リノベーション済みのマンション」です。これは買ってはいけません。新築のように綺麗で魅力的に映りますが、業者の利益が上乗せされているため割高です。50代以上なら、「自分たちの生活には何が必要で、何が不要か」がはっきりしているはず。自分で発注せず、業者が画一的につくり上げた空間に高いお金を払うのは賢明とは言えません。
私が強調したいのは、定年後の住まいについて早めに考え始めたほうがよいということ。まずは「いま住んでいる家に、何のこだわりを持っているのか」を自分に問うてみてください。この問いに即答できるなら、あなたはそこに住み続けてもよい人です。もし答えに詰まるなら、それはいま動き始めるべきサインだと言えるでしょう。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年6月12日号)の一部を再編集したものです。









