充実した定年後を過ごすためには、どんな家に住むべきか。不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「定年後の人生において、家の選択はとても大切だ。会社人生での価値観の延長線上にいる自分を取り払って、完全自己都合の家を選ぶのがいい」という――。

※本稿は、牧野知弘『50歳からの不動産 不動産屋と銀行に煽られないために』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

レインボーブリッジの航空写真
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです

見栄とプライドにとらわれない家選び

さて人生における見栄、例えば湾岸タワマン住まい、あるいはプライド、例えば一流企業の部長だった云々、を捨て去るとこれからの家選びが全く違った観点から見えてくることに気が付くはずです。

サラリーマンの人に多いのが、昔の同僚との付き合いが今後も続くことに対するこだわりです。私がサラリーマンだった時の先輩や同僚の多くが退職後も飲み会やゴルフなどに勤しんでいる姿をフェイスブック等で拝見します。日本の古き良き伝統ともいえる会社を中心としたひとつの社会の姿です。社員は家族のような存在で、その関係は会社を離れた後も延々と続いていきます。

私もこうした席に時々ご一緒します。交わされる会話のほとんどが当たり前のことかもしれませんが昔話です。昔を振り返って、懐かしむ。悪いことではありません。だいたい事実がやや脚色され、成功談であっても失敗談であっても面白おかしく、そしてその内容はかなり美談化されます。

ただ会社人生はすでに終了していますから、新しい出来事が追加されることはありません。したがって出かけるたびに同じ話を繰り返し、なぜか同じネタでも毎回、皆で笑いあうという奇妙なことがおこります。

「軍資金」としてタワマンを売る

こんな席で過ごしていると、例えば自分だけ違う生活ステージにすすむことを言い出しにくくなるものです。上司はいつまでたっても上司。お酌をしながら上司の人生訓に耳を傾ける。昔の失敗談のネタはすべて自分の失敗。頭を掻きながら「いやあ、あの時は失礼しました」と繰り返す。

私は決してそうした会が嫌でもありませんし、くだらないとも思ってはいませんが、こうした思い出話だけで日々を過ごすには、まだ残された人生は多くの人にとってはとてつもなく長いことが気になります。昔からの見栄だけを保つ人生はなんだかむなしく感じるのです。

「タワマン売りました。ほう、なんぼで売れた、すごいな、で、どこに買い替えたんだ」

という会話をするのではなく、タワマンを自分にとってのネクストステージのための軍資金として売りましょう。そして移り住んだ地で新しい人間関係を捕まえに行く。そこには昔から変わらない上下関係だとか、一緒に同じ釜の飯を食ったなどという関係はありませんが、自身の生きざまを改めて見直し、構築しなおす、過去の否定ではなく、未来への新たなる一歩を語れるようにしたいものです。