通勤時間も資産価値も気にしなくていい
そこにはこれまで絶対的な存在だった雇い主である会社もなければ、常に忠実でなければならない存在だった上司も、面倒くさいが常に教え導かなければならなかった部下の存在もありません。全くの自己都合による選択ができる素晴らしい機会があるのです。
その舞台である家は、会社まで何分かかるといった会社ファーストは関係ない。ひょっとすると値上がりするかもしれないといった金銭欲からも離れた立場で選ぶことができるのです。
自分の時間を自分で好きなように創造することができる定年後の人生において実は家の選択はとても大切なのです。これまでの価値観をいったん捨てて、自分が過ごす家の価値を深く考えてみることを強くお勧めします。
そのうえで、決めたマンションや家が、今自分が住んでいるものであったなら、それはそれでとても良いことです。今まで以上に地域社会に足を運んで、友達の輪を広げてもよいです。サラリーマン時代には興味があっても時間が許してくれなかった地域の歴史や文化、芸術に触れてみるのもよいでしょう。
「推しの家」が最高の選択になる
少なくとも、あわててさして興味のない地域サークルに入って、つい部長風を社員でもない人たちに吹き付けて嫌われるような選択をしないことです。人と無理に交わらずとも、地域にある自然に溶け込み、自分の趣味だけを追求するのでもよいでしょう。
自分なりの楽しさ、幸せを見つけることはとても楽しい行為なのです。どうしても会社に縛られて生きてきた人は、他人から指示されるのを待つ傾向があるといいます。それは会社の中で恙ない人生を送るのには悪くない処世術だったのかもしれませんが、それはあくまでも他人に押し付けられた価値観に従っているにすぎません。
自分のこれからの家を自分の価値観で思い描いて買う、借りる。それはデベロッパーが勝手に提供する良いマンションである必要はありません。有名建築家が独尊で語るデザインである必要もないはずです。他人から褒められたいという欲望からは切り離された「自分はこれが好き。誰が何と言おうとこれなんだ」という「推しの家」が見つかればそれが最高の選択になるのです。
このように考えてくると、昔の先輩や同僚との際限のない昔話の反芻に付き合う時間はそれほどないはずです。たまに会って昔を懐かしむ程度にとどめておくことが人生の潤滑油となることでしょう。

