「忘れようと思っても忘れられない幼い頃の記憶。嫌なことだから覚えている――」
そう語るのは、デビューから65年、数々の傑作を生みだしてきた筒井康隆さん。2024年に頸椎を損傷、一時は「自分の人生は終わった」と脳裏をよぎったが、リハビリを経て執筆活動を再開。自伝は、損傷前後の文芸誌での連載をまとめたものである。
「自分が見聞きし体験したこと」を綴ったこの自伝には、時代背景の記述はほとんどない。大事件であっても「自分の身に降りかからないことは何とも思わない」と言い切る。その一方で、筒井さんが出会った人々の描写は鮮烈だ。時にブラックなユーモアを漂わせている。
「悪口を書く場合は相手を選んでいます。『こいつはやっつけてもいい』という相手や、同年代でもう死んでいるかボケているかのどっちかだろうと勝手に判断した場合は実名を書いています」
そうして描かれる自身の半生。演劇に熱中した青年期を経て、小説の道に進んだ頃を振り返り、「最初は小説家になれるとは思っていませんでした。SFが出てきてからですよ。これなら書ける、“SF作家にならなれる”と思い始めました」と語る。
キャリアを積むなかで、幼少期に読んだ文学や戯曲が筒井さんの創作の幅を広げた。
「同世代の若手連中はSFしか読んでいなかったけども、僕の場合は昔読んだ小説の記憶で『これとSFをくっつけたら』という発想になった。SFという枠を外れても何でも書けるようになりました」
さまざまなジャンルを開拓していった傍らで「小説家になってからは私生活がどこかへいってしまった」と感じることもあったという。
「井上ひさしに、自分の生活はどこにいってしまったのかを聞いたことがあります。“きっと読者のほうへいっているんだろう”と美しいことを言ってくれました」
自伝には星新一や小松左京との別れも刻まれている。彼らを含めて鬼籍に入った仲間への思いは熱い。
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