政権選択選挙ではなく首相の「人気投票大会」

1月31日、拙宅に近い横浜市緑区の十日市場グラウンドに高市早苗首相が現れた。今回の総選挙で自民党候補の三谷英弘を応援するためだった。私は行かなかったが、約3000人が集まり、JR十日市場駅から会場までの道には長蛇の列ができたと聞いた。

緑区は隣の青葉区とともに神奈川8区に属している。緑区より人口が多い青葉区には東急が開発した多摩田園都市を中心に非自民のアッパーミドルが多く住んでいて、旧立憲民主党の江田憲司の地盤となってきた。これまでの総選挙では、江田が小選挙区で三谷を再三にわたり破ってきた。

高市首相は青葉区よりも保守層の多い緑区に入り、無党派層を含めた票の獲得を目指したのだろう。しかし人々が集まったのは、首相の政策を直接聞きたいからというよりは、むしろ動画などSNSで拡散された高市首相の生身の姿を一目でも見たいと思ったからだったようだ。

政策よりも見た目の新鮮さをアピールする戦略は見事に当たり、初めて三谷が小選挙区で当選し、中道改革連合から立候補した江田が落選した。長らく青葉区に住んできた私には、まさに驚天動地の出来事だった。

しかしそれはほんの序の口にすぎなかった。投票日の2月8日には時計の針が午後8時を指した瞬間、NHKテレビで自民党の大勝が報じられ、小選挙区の当選者を示す日本地図が、見る見るうちに自民党を意味する赤色に染まっていったからだ。

今回の総選挙は、高市内閣の政策や日本維新の会との連立政権の是非を国民に問うという解散の大義を掲げつつも、首相個人に対する人気投票としての側面が強かった。それを誰よりも認識していたのは、ほかならぬ高市首相自身だっただろう。

実際に首相は、1月の解散に際しての記者会見で「高市早苗が首相でいいのか、国民の皆さまに決めていただく」と発言した。また「国論を二分するような大胆な政策について国民の審判を仰ぐ」と発言しながら、その具体的中身については語らなかった。あのときから、政策よりも史上初の女性首相という自らの存在を前面に出して勝負をかける戦略は固まっていたのかもしれない。

こうした戦略の背景には、首相になってからの経験があった。昨年11月に衆院予算委員会で高市首相が台湾有事について踏み込んだ発言を行い、日中関係が悪化した際も、内閣の支持率は落ちなかった。総選挙の期間中、遊説先で「円安ホクホク発言(※1)」を行い、経済界から反発を浴びても、首相の人気は下がらなかった。首相が何を言おうが、それを問題にする国民は多くないことを学んだのではないか。

2月1日に予定していたNHKの日曜討論への出席をキャンセルしたにもかかわらず、同日の午後には岐阜と愛知の遊説に赴いたのも、党首どうしの討論より自らの見た目を国民に向けてアピールするほうが票につながるという政治的判断が働いたからだろう。その判断の正しさを、首相は遊説を重ねるにつれ確信していったに違いない。自民党の候補者たちも、ひたすら首相との「近さ」を強調し、高市人気にあやかろうとした感がある。

ここからは近現代の天皇制研究者としての大胆な仮説になる。これほど全国各地でまんべんなく支持を得られる日本の人物は、おそらく天皇と皇后しかいない。その意味で高市首相は、天皇に匹敵する人気に支えられ、勝利を収めたとは言えないか。

(写真=iStock.com/Mihajlo Maricic)

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