「この人物は本当にこんなことを言ったのだろうか?」

歴史小説を読みながら、ふと思ったことはないだろうか。歴史小説の大家である佐藤賢一氏によると、「ある人物がこう思った、こう言ったという記述は、基本的に全部ウソ」。

佐藤 賢一
1968年、山形県生まれ。93年「ジャガーになった男」で、小説すばる新人賞を受賞して作家デビュー。99年『王妃の離婚』で直木賞、20年に『ナポレオン』全3巻で司馬遼太郎賞を受賞。

そのウソをいかに信じ込ませるかが、作家の腕の見せ所だ。「その状況なら、確かにそう思うだろうな」と読者に共感してもらうため、その時代の文化や政治、宗教については徹底的に史実に基づいて描き込むのだという。つまり、ウソの周囲を真実で固めるのだ。

大学院で西洋史学を専攻した佐藤氏は、本書の中で歴史小説家になった経緯や執筆の裏側を明かすとともに、かつて学んだ「歴史学」と歴史小説の違いについても論じている。

「過去を丁寧に解剖し、時代の真実を書くのが歴史学者だとすると、歴史小説家は霊媒師。膨大な資料を読み解き、過去の人物が今も生きているような感覚で自分の中に取り込んで言葉を紡ぐ」

歴史小説は過ぎ去った時代をもう一度体験させてくれる。激動の“今”を生きるのに疲れ果てた人たちが、歴史小説に癒やしを求めるのだ。作家のウソに酔いしれる時間は楽しいものだが、佐藤氏が本書を通して読者に強くすすめるのは、自分なりの「史観を持つ」ことだ。史観を持つとは、歴史を評価することを指す。端的に言えば、どの時代が良くて、どの時代が悪かったのかを決めることだ。

「いつの時代も、人間は自分たちがどうやって生きてきたかという歴史と、その見方を必要としてきました。自分なりの史観があれば、これまでの歴史をもとに、これから自分がどう生きていけばいいのか、どんな社会をつくっていけばいいのかを自分で考えることができます。きちんと歴史を見る目を持つことは、未来を生きていくうえですごく大事なのだと思います」

『歴史小説のウソ』
佐藤 賢一『歴史小説のウソ』筑摩書房/900円+税

史料のデジタル化が進み、一般の人も昔の文書や画像にアクセスしやすくなった今、歴史に興味を持つ人は増えているのではないかと佐藤氏は指摘する。自分なりの史観を持つためには、歴史小説、歴史漫画、そしてAIのウソを信じ込んではいけない。

「AIに歴史を書かせてみたら、知っている文章が出てきたんです。よく見ると、私が書いたものが使われていた(笑)」

最後に、好きな時代・国に転生するとしたら、どこで暮らしてみたいかと尋ねてみた。

(インタビュー・文=堀田芳恵 撮影=大崎えりや)

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