獺祭とは何か。それは、株式会社獺祭の会長である桜井博志氏が、35年にわたり問い続けてきた命題だ。
「酒に限らず、どんなに優れた商品でも、努力を怠ってしまえば、時代の流れとともにどうしても社会と合わなくなっていきます。社会とズレたときに、商品をどうブラッシュアップするか。経営者の力が試されるのです」
本書は、変化する時代のなか桜井氏が純米大吟醸「獺祭」とともに歩んだ記録である。「獺祭」を販売した1990年当時、アルコールを添加した普通酒がほとんどだった。純米大吟醸は、50%以上削った米と米麹、水だけでつくる。市場もなく、量産技術も確立されていない時代に、桜井氏が強靱な意志と弛まぬ努力で「獺祭」ブランドを打ち立て、市場を開拓した――。それが、巷間の「獺祭神話」だ。「実は……」と桜井氏は、苦笑いして真相を解説する。
「当時の主力だった酒が売れなくなった時期に、苦し紛れにつくったのが『獺祭』だったんです。それが、東京で運よくヒットした。神話ではなく、本当の話をお客さまにお伝えしたほうがいいかな、と」
苦し紛れで誕生した「獺祭」を愛するのは、いまや国内のファンだけではない。輸出先は40カ国に上り、2023年には米ニューヨーク州に酒蔵を新設した。製造当初、国内外で1億円に満たなかった売り上げは約200億円に。そして25年、77年の歴史を持つ「旭酒造株式会社」から「株式会社獺祭」へと社名を変更した。
「長い間、日本のメーカーは目先の利益にこだわり『多品種少量生産』に走ってきました。それが企業の体力を奪った。一方、私たちがつくるのは、いまもこれからも『獺祭』だけ。その意味で、社名変更は自然な流れだったんです」
「獺祭」35年の歩みは、順風満帆だったわけではない。
最大の危機が、10億円近くの損失をもたらした19年の自主回収だ。製造時の攪拌不足でアルコール度数のばらつきが発覚。度数が規定以下だったものは100本のうち2~3本でしかなかった。回収をすれば莫大な経費がかかる。桜井氏は「公表を悩んだ」と本音を吐露する。なかには失敗を隠そうとする経営者もいるかもしれない。公表する決断を後押ししたのが「獺祭とは何か」という問いだ。桜井氏は語る。
「『獺祭』はお客さまの幸せ、社会の幸福のためのお酒です。社員には『うちの会社は失敗もするけど、卑怯なことはしない』と思ってほしかった。社員には『獺祭』をつくる誇りを持ち、胸を張ってほしいんです」
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年1月30日号)の一部を再編集したものです。
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