NHK「ばけばけ」では、ヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)の仲睦まじい夫婦の様子が描かれている。モデルとなった小泉八雲とセツは、どうだったのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などから史実に迫る――。
晩年にかけて「セツ愛」が増していった
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」は、東京編。子供も生まれて、トキとヘブンの夫婦は円熟味を増している。
きっとモデルである小泉八雲とセツの夫婦も、こんな風に仲睦まじかったのだなあ……と思っている人は多いだろう。確かにそうかもしれないが、やっぱり毎日顔を合わせていると、当然仲良くしてばかりはいられない。なにしろ二人とも、ちょっと変わった性格なのだから。
もともと母の愛情を感じたことのない八雲である。だから、年下のセツには母の面影を見いだしていた。
(参考:だからセツとの距離が一気に縮まった…「ばけばけ」では描かれない、小泉八雲が重ねた「生き別れた母」の面影)
特に、晩年になると、それは尋常なものではなくなっていた。このことを、セツはこう回想している。
晩年に健康が衰えたと申していましたが、淋しそうに大層私を力にいたしまして、私が外出することがありますと、まるで赤ん坊の母を慕うように帰るのを大層待っているのです。私の足音を聞きますと、ママさんですかと冗談などいって大喜びでございました。少しおくれますと車が覆ったのではあるまいか、途中で何か災難でもなかったかと心配したと申しておりました。
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)
「セツの鼻の付け根」を撫でていた
結婚した時点で年齢差は18歳。東京へいってからの話だとして40も半ばを過ぎた初老の男が、30歳にも満たない妻にめちゃくちゃ甘えているのである。いくら母の愛情を感じたことが少なかったとはいえ、少々度が過ぎている。ここまで来ると、仲睦まじいというより、いささか気持ち悪い。でも、そんなことはいっさい考えずに八雲が甘える姿を慈しんでいたのだから、セツは大層な度量の持ち主だったといえるだろう。
そんな甘々なセツに対して、八雲はいささか調子に乗っている面もあった。長男・一雄はこんな風に書いている。
父は母を「世界で一番良きママさん」と申して熱愛してはいましたが、何も母を世界一の美人だとも世界一の怜悧な女だとも世界一の貞婦だとも決して思っちゃいなかったのです。
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)
こう書くと八雲が「いい嫁だけど、顔はイマイチなんですよ〜」な感じの話をしてニヤニヤしている男尊女卑な性質の人に聞こえてしまう。でも、そうではない、さすがは文豪というべきか審美眼が独特なのである。それを示すのが、次の一雄の証言だ。
眉間の下、両眼の間から隆起すべき鼻筋の山脈が見当たらずかえってここが一段と低くなりしかも平々坦々と拡がって一小平原状をなしている母の鼻の起源地を父は「こう珍しいもの」と申しまして、指先に柔らかに撫でて不思議がってはいました。
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)

