NHK「豊臣兄弟!」では、播磨攻めの最中に竹中半兵衛が病に倒れるシーンが描かれる。半兵衛は“天才軍師”として語り継がれているが、どのような人物だったのか。ルポライターの昼間たかしさんが、史料などを基に半兵衛の実像に迫る――。
竹中重治(竹中半兵衛)像(禅幢寺所蔵)
竹中重治(竹中半兵衛)像(禅幢寺所蔵)〔写真=PD-Art (PD-old-70)/Wikimedia Commons

“竹中半兵衛=天才”は本当か

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。6月14日放送の第23回「さらば半兵衛」でついに、竹中半兵衛(菅田将暉)が世を去ることになる。

その最後の仕事は、有岡城で荒木村重(トータス松本)に捕らえられたにもかかわらず、信長(小栗旬)から裏切ったと疑念をかけられた官兵衛(倉悠貴)の嫡男・松寿丸(森優理斗)を替え玉と入れ替えて助命するというもの。替え玉作戦を実行するといいながら、実は半兵衛は松寿丸を謀殺するのではないかと、小一郎(仲野太賀)は疑念を抱く。果たして、半兵衛の本心は……という展開だ。

こうして、播磨攻めの最中に病に倒れた半兵衛は1579年6月、陣中で没した。享年36歳。当時としても、あまりにも若すぎる死だった。

だが、ここでちょっと待ってほしい。

「さらば」と惜しまれるほどの活躍が、西国の戦場に移ってから、いったいどこにあったのかと思わないか?

あれほど輝いていた天才が、中国攻めに入った途端に、まるで存在が薄くなっている。そう、蜂須賀小六が、次第に存在感を失っていった感じで。第23回では、半兵衛の最後の大仕事として宇喜多直家の調略も描かれる予定だが、結果が出たのは半兵衛の死後のことだし、本当に貢献しているかは微妙だ。