官兵衛と半兵衛は“まるで息ぴったりでした”

わかるだろうか? 官兵衛、秀吉の陣中にも連絡をせずにいきなりスタンドプレーで攻撃を始めている。にもかかわらず、半兵衛はすべてを理解して状況を把握、今日の戦は勝ったと自信満々に宣言する。さらに『黒田家譜』の記述は、こう続く。

此戰孝高の智謀を以て伏兵を置き給ひし故、勝利を得しなり。又竹中半兵衛彼山の出崎の陰にひかへたる兵を、敵に非ず孝高の伏勢ならんといひ、其上兼ての議定なけれども、孝高の兵機を推量して、神子田に命ぜられし事、いづれも良將の心、割符を合たるがごとし。軍散じて後、秀吉両人の謀を大に感じ給ふ。孝高伏兵を置事を、秀吉又は竹中半兵衛に告知給はざりしは、急に敵出でかしこに赴き給ひる故、其由を告る隙なかりしとなり。


筆者訳:この合戦は、孝高(=官兵衛)が智謀をめぐらせて伏兵を配置していたからこそ、勝利を得られたものでした。また、竹中半兵衛があの山の尾根の陰にひかえる兵を「敵ではなく孝高の伏兵だろう」と見抜き、事前の打ち合わせがなかったにもかかわらず、孝高の戦術を推量して神子田に命令を下したこと、これらはどちらも名将の心というべきもので、まるで「割符を合わせたよう(息がぴったり)」でした。

戦いが終わった後、秀吉公は二人の知略に深く感心なされました。

なお、孝高が伏兵を置くことを秀吉公や竹中半兵衛にあらかじめ知らせていなかったのは、急に敵が現れて急いで現地に赴いたため、それを報告する余裕がなかったからということでありました。

半兵衛を持ち上げ、官兵衛のすごさを語る構造

どうだろうか。半兵衛は、事前の打ち合わせ一切なしに官兵衛のスタンドプレーをすべて見通している。しかも大して付き合いもないはずの官兵衛を絶対的に信頼して「今日は勝った」と宣言する。そして二人の評価は「名将の心、割符を合わせたよう」とまで称えられる。

おまけに官兵衛の無断スタンドプレーは「急に敵が現れたから報告する暇がなかった」の一言で完全に不問である。

『如水居士像』(部分)黒田孝高(黒田官兵衛、黒田如水)。崇福寺蔵
『如水居士像』(部分)黒田孝高(黒田官兵衛、黒田如水)。崇福寺蔵(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

つまり、この記述は歴史を語る体裁を取って「天才軍師・半兵衛に、その才能を誰よりも深く理解されていたのが我らが官兵衛である」といっているのである。半兵衛の神算鬼謀が高く描かれれば描かれるほど、それを見抜かれていた官兵衛の格も上がるという構造だ。

そして、そんな記述が極まるのが第23回で描かれる信長が松寿丸を処刑せよと命じた時の記述である。