「過去の成功体験」に引きずられないよう仕事をするにはどうしたらいいのか。早稲田大学ラグビー蹴球部を大学日本一に2度導き、現在は組織コンサルタントの中竹竜二さんは、「以前あるプロ野球チームのコーチや選手を相手にリーダーシップやコーチングなどの研修をした際に、当初は『ラグビーのあんちゃんが何しに来た?』というアウェイ感があったが、信頼感を得ることができた」という――。

本稿は、中竹竜二・加藤洋平『「人の器」の磨き方 リーダーシップ・コーチングと成人発達理論による人間力の変容プロセス』の一部を再編集したものです。

なぜプロ経営者はどこでも成果を出せるのか

プロ経営者と呼ばれる人たちがいます。彼らは企業から企業へと渡り歩き、どこでも短期間で経営を軌道に乗せます。この「再現性」は、単なるスキルの応用なのでしょうか、それとももっと深い何か、なのでしょうか。

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彼らが持つのは、過去の成功体験を新しい環境に合わせて「再定義」する能力、つまり「転移力」です。自分の経験知を別の領域でも活かせる能力。これが、真の意味で「できる人」の条件なのかもしれません。

ここで、転移力にはもう一つ重要な側面があることを示す事例を紹介しましょう。

映画『海猿』の主人公のモデルである海上保安庁特殊救難隊の稲葉健人さんが実際に経験したケースです。ご本人は「何人助けたとか数字で語れるような武勇伝はない」と謙遜しますが、いくつもの海難事故に対処してきたことの一つに、1999年に富山湾で起きた練習帆船「海王丸」の座礁事故があります。

強風と高波の中で訓練船が座礁し、多くの学生や乗組員が救助を待つという非常に緊迫した状況が発生しました。その現場で、仲間たちは命懸けの救出活動を行いましたが、稲葉さん自身は留守役として、現場と指令本部をつなぐ裏方の調整を担っていたといいます。

稲葉さんは数多くの経験から「全力を尽くしても報われないことがある。でも、その中から何を学ぶかが大事だ」との持論があります。それが、失敗や報われない経験を糧に変え、次の現場で活かす力へと昇華するからだそうです。

「転移力」のある人とは

特に注目すべきは、彼が「救えなかった現実」に直面するたびに、葛藤を否定せず、むしろ受け入れたうえで徹底的に検証を行う姿勢です。稲葉さんは「頑張った」で終わらせず、「デブリーフィングはしっかりやったのか」と必ず問いかけることを自らに課しています。

ここでいうデブリーフィングとは、任務や活動終了後に行う「振り返り」や「事後検証」を指す言葉です。何がうまくいき、何が問題だったのか、どんな判断や準備が欠けていたのかをチームで共有し、次の行動につなげるプロセスです。海上保安庁や消防、医療、航空など人命救助に伴うリスク発生の高い現場では、このデブリーフィングが組織的学習の中核を担っています。

稲葉さんの姿勢は、葛藤や挫折を含めた現実をありのままに受け入れ、それを次に活かすという「実践的転移力」を体現しています。どんなに過酷な環境でも、経験を次の行動へと変換できる力、それこそがあらゆる現場に通用する真の転移力なのです。