米国とイスラエルの軍事作戦により、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害された。なぜトランプ大統領は他国のトップを抹殺するという行動に出たのか。日本経済新聞編集委員兼論説委員の田中孝幸さんは「その底流には、米国と共に作戦を遂行したイスラエルが置かれている地政学的事情がある」という――。

※本稿は、田中孝幸『世界を解き明かす地政学』(日本経済新聞出版)の一部を抜粋、加筆・再編集したものです。

立ち上る煙 米イスラエルがイラン攻撃
写真=ゲッティ/共同通信社
イランの首都テヘランで爆発後に立ち上る煙=2026年2月28日

ハメネイ師殺害への高いハードル

トランプ米大統領は2月28日、イランに大規模な空爆を実施し、最高指導者のハメネイ師を殺害しました。国際法上の根拠が乏しい軍事行動で中東の緊張は一気に高まり、日本のエネルギー輸送の生命線であるホルムズ海峡の航行も難しくなっています。

なぜトランプ氏は他国のトップを抹殺するという常軌を逸した行動に出たのでしょうか。その底流には、米国と共に作戦を遂行したイスラエルが置かれている地政学的事情があります。

トランプ氏にとって、今回の作戦の最大の目標はハメネイ師の殺害でした。それによって残った最高幹部たちを威圧し、イスラム体制を容認することと引き換えに自分が要求してきた核開発路線や反米政策の放棄をのませるというシナリオを描いたようです。

しかしハメネイ師の抹殺には高いハードルがありました。国のトップには通常、最高レベルの警備がつきます。特にイランのような外敵が多い権威主義国家では、首脳の身辺保護のための警戒態勢は厳重です。ハメネイ師も暗殺を恐れて常に保護された地下施設などの移動を続け、日によって宿泊場所を変えているとみられてきました。日程はごく一握りの側近にしか共有せず、会議を開く際も情報漏れを警戒し、直前に予定を変えることも多かったようです。

イスラエルの諜報機関「モサド」の圧倒的諜報力

失敗したら、トランプ氏にとって大きな失態になります。それでも今回の作戦決行に踏み切れたのは、成功への絶対的自信があったからにほかなりません。そしてそれを支えたのは、イスラエルの対外特務機関、モサドがイランに対して持っている圧倒的な諜報力でした。

ロイター通信によると当初、ハメネイ師やイラン政府高官が参加する会議が28日夕に開催される予定でした。モサドが直前になって同日朝への変更を把握し、攻撃開始を早めたそうです。

イランのような国では通常、要人の多くは盗聴や全地球測位システム(GPS)を警戒して電子機器を持ち歩きません。彼らの位置すらリアルタイムで把握できたのは、モサドがイランの政権中枢にスパイ網を浸透させていたことを意味します。

モサドは最大の脅威とみなすイランの現体制の打倒に向け、同国内でのスパイのリクルートを営々と進めてきました。2016〜21年のヨシ・コーヘン前長官時にイランの政権内にスパイ網を広げ、核科学者やイラン軍幹部の暗殺作戦を繰り返してきました。