熊本は“新しいものばかり”の新興都市
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」は熊本編。しかも、熊本に移って、早くも3カ月からのスタートだった。トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の熊本での新生活は穏やかとはほど遠い。なにせ、いきなり学校が閉校危機を迎えるし。どうもドラマは、これを契機として、トキをアシスタントにヘブンが執筆に励む姿が描かれるようだ。
史実、熊本での八雲は陰鬱としていた。そして、重苦しい空気から逃れるように最初の日本滞在記録『日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan 忘れえぬ/知られぬ日本の面影、とも)』を書き上げている。
とにかく熊本は八雲を失望させた土地だった。
松江というのは、太平洋戦争でも空襲を受けなかったこともあり現代でも、独特の情緒が残っている。一方の熊本は、西南戦争で丸焼けになった後にできた、明治の新興都市である。古くからの寺社仏閣によって神秘性のある松江に比べて、どれも新しいものばかり(確かに古い寺社仏閣はあるが、松江に比べて少ない)。
おそらくは九州と聞いて「おお、チェンバレン教授が研究している『古事記』の本場‼」なんて期待していた八雲は愕然としたはずだ。
それにも輪を掛けて八雲を陰鬱な気分にさせたのが、人間関係である。
まず、地域の人の八雲に対する期待が違う。松江にいた時は街の人は「なんか県が月に100円も払って、アメリカのすごい偉い作家を中学校の先生に招いたそうだ」と大歓迎だった。ところが、熊本はといえば「はあ、外国人の先生が来たのか」程度である。
「熊本の新聞」にはほとんど登場しない
思い出してほしい。「ばけばけ」で昨年、ヘブンが松江にやってきた放送回を。本当に、あそこまで盛り上がっていたかどうかはわからないが、とにかくヘブンが来ただけで「こりゃあ、見に行かなきゃ」とばかりに松江の人はお祭り騒ぎ。
対して、熊本ではほとんど無視である。
例えば新聞が、そうだ。ドラマでは騒動の発端になったが、史実の『山陰新聞』も、八雲が松江に到着した日から、去る日までとにかく事細かに、プライバシーにも踏み込むような記事を繰り返して書いている。
ところが、熊本はどうか。当時の熊本の有力紙である『九州日日新聞』(現在の熊本日日新聞)には、ほとんど八雲が登場しない。
この新聞での八雲の最初の登場は1892年1月5日付の紙面。これは前日に開かれた偕行社(陸軍の親睦組織)での宴会を報じるもの。ここでは、常に日本服を身にまとう日本びいき外国人である八雲に皆の注目が集まっていたことが書かれている。
到着したのは11月なのに、報じられたのは1月になってから、ここに松江と熊本との温度差は明らかだ。以降も、3年間の滞在中に八雲が『九州日日新聞』に登場することは極めて少ない。
