2度の倒産危機を乗り越えた「魔法のタオル」
東海道新幹線の岐阜羽島駅から車で約10分。田園地帯の中にあるタオルショップに、連日多くの買い物客が押し寄せる。カフェが併設されたこの店は観光コースにもなっており、大型バスが駐車できるスペースもある。休日には300人もの来場者が押し寄せる人気のスポットだ。
来客者の目当ては、看板商品の「エアーかおる」。その最大の特徴は吸水力で、一般的なタオルの1.5倍ほどあるという。2007年の発売以降、「魔法のタオル」と話題になり、累計2000万枚以上を販売する大ヒット商品に成長した。
そしてこのタオルは、特許を取得した「スーパーゼロ」という独自技術による特殊な糸で作られている。
綿の糸と水溶性の糸を強くねじり合わせたのち、これを熱水処理すると水溶性の糸だけが溶ける。そうするとねじった力の反動で糸の間に大きな隙間ができる、この隙間によって抜群の吸水力が生まれるのだ。
この糸を開発したのは、岐阜県安八町に本社がある浅野撚糸。従業員数が60人程度の中小企業だ。
撚糸とは、複数の糸をねじり合わせて1本の糸にする加工技術のことを言う。ねじる方向や強さ、組み合わせる素材によって様々な特性を得ることができる。ちなみに“腕によりをかける”という言葉は、この撚糸が語源だ。
現社長の浅野雅己氏が田舎の町工場に過ぎなかった同社を、国内外の大手企業と取引するオンリーワンの企業に成長させた。同社の2026年度の売り上げは創業以来、過去最高の30億円を超える見通しだ。
順風満帆に見える同社だが、浅野氏の人生は倒産の危機に2度も瀕するという波乱万丈に満ちたものだった。
涙と罵声と物が飛び交った21人の解雇通告
浅野氏は福島大学を卒業後、小中学校での教員経験を経て、1987年27歳のときに浅野撚糸に入社した。1995年に2代目社長に就任すると、当時最新鋭の設備を導入し、複合撚糸の開発に取り組んだ。
最新設備を次々と導入した結果、大手商社から大量の受注を獲得する。ゴムと綿糸を組み合わせたストレッチ糸が大手アパレルメーカーに採用され大ヒットしたのだ。就任時4億円だった売り上げは1999年には7億3000万円にまで拡大する。
しかし、このときが売り上げのピークだった。
翌2000年からは一転して苦境が続くことになる。安価な中国製品が国内市場に一気に参入。市場を席捲するようになり、売り上げの減少が続いていく。その後も売り上げの減少は止まらず、協力工場の操業を維持するために、ついに赤字の案件まで受注するようになった。
2003年1月には経営危機に陥り、従業員21人のリストラを断行する。協力工場との契約も25社から10社まで大幅に削減した。従業員への解雇通告は修羅場だった。泣き叫ぶ人、罵声を浴びせる人、物を投げる人、しかし、浅野氏はどうすることもできなかった。






