百貨店業界は再編の岐路に立たされている。三越伊勢丹ホールディングス(HD)では、伊勢丹新宿本店の2025年3月期の総額売上高が4212億円と過去最高を達成した一方、傘下の三越と伊勢丹の地方店は縮小、閉鎖が続く。なぜ日本人は百貨店に行かなくなったのか。2012年~2017年まで三越伊勢丹HD社長を務めた大西洋さんに、ジャーナリストの座安あきのさんが聞いた――。(前編)
百貨店に庶民の居場所はもうない
立地でも、施設の良さでも、ファッション性でもない。「日本の百貨店改革は、組織と人で負ける」と元三越伊勢丹ホールディングス社長、大西洋さんはいう。
百貨店の衰退を、もうだれも疑わなくなった。「文化の創造・発信拠点」として全国各地で城下町を形成した往年の姿はもうない。過去10年のうちに閉店した主な地方百貨店は約50店に上る。1990年代初めに約10兆円あった業界売上高は30年間でほぼ半減した。
ここ数年の最高益は、吹けば飛びかねないインバウンド客によってもたらされたものだ。成功しているとされる都心の旗艦店でさえ、デパ地下の食品需要と囲い込んだ富裕層の両極によって、イメージが大きく膨らんでいるように見える。ファッション市場を牽引してきた庶民の憧れの的は、国民共有の「思い出」と化してしまうのか。
ヴィトンを入れないことが「伊勢丹のプライド」だった
昨年11月、高級ブランド「ルイ・ヴィトン」がついに、伊勢丹新宿本店に開業した。本店本館にヴィトンを「入れない方針」は、少なくとも2009~17年にトップを務めた大西さんと、その前任の武藤信一氏の代(2001~09年)には明確に貫いていた「伊勢丹のプライド」そのものだったという。
自主編集売り場の企画力、提案力を強みにし、顧客の買い回りを阻害しかねない海外ラグジュアリーブランドの拡大を抑え、主導権は譲らないという態度を表していた。売り場のテナント化が加速する百貨店業界にとって最後の牙城ともいえる象徴だったが、崩れた。百貨店はまた新たな転換期を迎えたことになる。
多角的な構造改革の必要性が叫ばれながら、実践を浸透させられず、求心力を失った。その要因はどこにあったのだろうか。かつて、改革の旗手として「ミスター百貨店」と称された大西さんに当時を振り返ってもらい、「失敗の本質」を探った。

