NHK「ばけばけ」では、ヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)の間に子供が生まれ、入籍するシーンが描かれている。この話は史実がモデルになっているが、なぜ小泉八雲は入籍を先延ばしにしたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、史料などを基にひも解く――。

(※本稿は一部にネタバレを含む場合があります)

和服姿のラフカディオ・ハーン
和服姿のラフカディオ・ハーン(写真=National Magazine/PD US/Wikimedia Commons

夫婦になっても「入籍」していなかった

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。舞台は熊本に移り、放送期間も残すところあと少しばかり。モデルとなった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と、その妻・小泉セツとの関係で、長年語られてきた謎がある。

なぜ八雲は、セツと夫婦同然に暮らしながら、正式な入籍をこれほど先延ばしにしたのか。そしてなぜ最終的に、損を承知で日本への帰化を選んだのか。英語教師・錦織のモデルとなった西田千太郎宛ての書簡など一次資料を読み解くと、そこには聖人君子とはほど遠い、ごく普通に矛盾を抱えた男の姿が浮かび上がってくる。

まだまだドラマチックな二人の人生を、ドラマでどう描くのかが興味深いが、史実が示すターニングポイントがある。1893年11月、待望の第一子・一雄が誕生したことだ。この時、八雲43歳、セツ25歳。当時としては遅く生まれた子供である。

ゆえに愛おしさも募るわけだが、それだけではない。これを機に八雲は入籍し、正式な夫婦になることを決めたのだ。

ドラマでもトキが松江の人に「洋妾(らしゃめん)」呼ばわりされているシーンが描かれたが、これは当時、セツが松江で実際に浴びせられた評価である。これが、八雲が熊本に移る契機となった。

そんな言葉を浴びせる松江の人々も酷いが、本当の原因は八雲本人にある。1891年の時点で、女中からすぐに夫婦同然になったにもかかわらず、実際には入籍していなかったのだから。

熊本での契約期間は「1年」

夫婦として暮らしているのに入籍すらしていなかったと聞けば、八雲が無責任な酷い男に映る。これでは、母を、飽きたら捨てた自分の父と変わらぬではないか……そう思ってしまう。

しかし、八雲には入籍を躊躇する、ある切実な問題があった。

それは収入である。

松江時代は月俸100円。熊本に移ってからは200円。当時の水準からすると、めちゃくちゃ高給取りである。だいたい現在の金額で月給400万~500万円くらいとみていいだろう。

ところが、事情はそう単純ではなかった。松江時代はもちろんのこと、熊本に移ってからも「契約期間は1年」だったのである。

それに、200円貰っても出ていくほうも多かった。なにしろ、セツの家族を養い、それとは別に松江に残ったセツの実母の面倒も見ているのである。いくらなんでも、のしかかってくる家族が多すぎる。さらに、日本研究を進めるために資料を買ったり出かけたりと、どんどん金は出ていくばかり。

だから、手元に残る金額は少ないのに、来年も契約してくれるかはわからない。

おまけに、別の記事でも書いたが、セツによれば八雲は気に入ったものには金に糸目をつけない人物だった。骨董品、書物、旅の費用など「これは必要だ」と思えば躊躇なく財布を開く。そのくせに「来年、契約が切れたらどうする。セツや子供たちを路頭に迷わせてしまう」と煩悶していたのである。

(参考記事:「ばけばけ」では描きづらい…「セツのため」でも「松江が寒い」でもない“熊本移住”を決めた小泉八雲の真意