「高給な御雇外国人」への厳しい視線

笑えない話だが、八雲の「来年は切られるかも」という心配は、まったく的外れではなかった。

八雲が熊本に赴任した1891年(明治24年)は、第1回帝国議会が開かれたばかり。野党・民党が「民力休養・政費節減」をぶち上げ、官吏の給料を削れ、庁費を1割カットしろと予算委員会で次々と決議していた時代である(『大蔵省史 ――明治・大正・昭和――』)。

ひと言で言えば、国に金がなかったのだ。