「使い道のない糸」と出会う
その後、数日してその担当者から浅野氏に電話があった。
「お湯に溶けるちょっと変わった糸があるんだけど、社内では使い道がなくてお蔵入りになりそうなんだ。浅野さんのところで何か使えないかな」
糸のサンプルを送ってもらったものの、浅野氏も見当がつかずそのまま放っておいた。その数カ月後、新たな複合撚糸を開発していた最中にこの糸をふと思い出す。
当時開発していた複合撚糸は、何をやってもすぐに糸が切れてしまう。補強材にでもならないかと思い、ダメ元で使ってみた。すると糸が切れずに撚ることができた。反物にしてみると従来のものよりも3倍も伸びることもわかった。「これは面白い」と思い、その後も試行錯誤を繰り返すことになる。
1000回以上もの試験を繰り返し、最終的にはお湯につけると一般的な綿糸の1.6倍に膨らむ糸が出来上がった。「これはいける!」と浅野氏は確信した。「スーパーゼロ」と名付けられたこの糸は特許を取得し、早速、営業活動を開始することになる。
しかし、浅野氏の期待とは裏腹になかなか売り上げが増えなかった。コストが高いことに加え、ここでも具体的な使い道を提案できなかった。浅野氏は悶々とした日々を過ごしていた。
指示ミスが生んだ新商品
2004年11月、浅野氏は銀行からの紹介で三重県のタオルメーカー「おぼろタオル」と出会う。最初は気乗りしていなかったが、実際に会ってみるとおぼろタオルも非常に厳しい経営状況に陥っていた。
「お互いに厳しい者同士、せっかくだから何か一緒にやってみましょうという話をしました。まずは当社の『スーパーゼロ』を送ってタオルの試作をやってもらうことにしたのです」
ところが試作したタオルは、浅野氏が依頼したものとは少し様子が違っていた。伸び縮みするタオルを作ってもらうはずが、出来上がったものはほとんど伸び縮みしなかった。
これはおかしいと思いおぼろタオルの社長に尋ねてみると、指図書とは異なった製法をしていたことがわかった。指図書では下地部分に使うように指定されていたのだが、そうではなく直接肌に触れるパイル部分にこの糸が使われていたのだ。
実際にタオルに触ってみるとフワフワだった。箱に入りきらないくらい膨らんでいた。偶然の産物だったが、そのお陰で従来よりも柔らかく吸水性のあるタオルが生まれた。浅野氏は心の中で「やった! これで勝てる」と思った。
しかし現実はそれほど甘くはない。神戸に本社があるベビー服アパレルメーカーへの採用が決まったが、その後が続かなかった。1枚1000円もする高価なタオルはどこの問屋も買ってくれない。地方の名もない町工場のタオルでは、どこも相手にしてくれなかった。
相変わらず経営状況は厳しいままだった。そして浅野撚糸の業績はさらに悪化していった。2007年には売り上げが2億3000万円にまで落ち込んだ。

