30億円の新工場を襲うコロナ

そうは言っても自分一人だけで簡単に決められることではない。まず父の博氏に相談したところ、賛成してくれた。条件はただ一つ、妻の真美さんと後継者である長男の宏介氏(専務)が賛成することだった。

真美さんは一切反対しなかった。ただ一言「後悔だけはしないでほしい」と言われた。しかし内心はやめてほしかったと思う。宏介氏からの条件は、70歳までは生きることだった。「だったら一緒にやろうよ」と言ってくれたのだ。

ついに双葉町での新工場プロジェクトがスタートした。やるからには復興のシンボルになるような建物にしたい。岐阜の本社工場の3倍の広さとし、地域住民の憩いの場となるカフェやタオルショップも併設した。補助金と銀行からの借入で合わせて30億円を調達した。ところが、またしても浅野氏に困難が待ち受ける。新型コロナが発生したのだ。

2020年4月、緊急事態宣言の発出により、当初予定していた新工場の発表を延期させざるを得なくなった。その後、2023年4月、現地採用の社員や岐阜から転勤してもらった社員を合わせて総勢20人で、浅野撚糸の双葉事業所「フタバスーパーゼロミル」が開業した。

浅野撚糸の双葉事業所「フタバスーパーゼロミル」
写真提供=浅野撚糸
浅野撚糸の双葉事業所「フタバスーパーゼロミル」
上空から見た浅野撚糸の双葉事業所「フタバスーパーゼロミル」
写真提供=浅野撚糸
上空から見た浅野撚糸の双葉事業所「フタバスーパーゼロミル」

4億の赤字に眠れぬ夜、奥歯が割れ高熱に

そして、ここでも想定外の事態が起きる。戻ってくるはずの住民が戻って来なかったのだ。当初は500人が戻ると見込まれていたが、実際に戻ってきたのは30人ほど。しかもそのほとんどが高齢者だった。住民の憩いの場となるはずのカフェは閑古鳥が鳴いていた。工場も全く動いていない。浅野撚糸は再び倒産の危機を迎えていた。

カフェは閑古鳥が鳴いていた
写真提供=浅野撚糸
カフェは閑古鳥が鳴いていた

「いい格好をして引き受けなければよかった。田舎の町工場が部不相応なことをしてしまったのかもしれない……」

浅野氏はずっと後悔していた。実は2003年の最初の経営危機のときよりも、このときの方がつらかったそうだ。

「10年前のときは結局自分たちの問題だったんです。協力会社といっても、ある意味身内のようなものです。しかし、今回は違います。自分たちが失敗したら福島の復興の動きが止まってしまう。背負っているものの大きさから、言葉では言い表せないほどのプレッシャーを感じていました」

会社の業績は一向に改善せず悪化の一途をたどる。2023年度の決算では、ついに4億円の赤字に転落した。

浅野氏は精神的なプレッシャーから、体重が減り夜も寝られなかった。毎日歯ぎしりをしていたため、しまいには奥歯が割れてしまった。そこから炎症を起こし、40度近い高熱を発症。一時はかなり危険な状態になっていた。