第1章:帝国の「居ぬ間」に、世界は書き換えられている
――「一帯一路(ハード)」から「社会OS(ソフト)」、そして「資源OS」へ
米国のトランプ政権が関税と威嚇というわかりやすい力で「裏庭」を締め上げるほど、世界はその足元で、まったく別の論理に従って動き始めている。年初に米国に滞在し、ベネズエラや中南米をめぐる報道、さらには国内分断や治安をめぐるニュースに日々接して筆者が強く感じたのは、政治に真空は存在しないという、国際政治の最も古く、最も重い原理だった。米国が同盟のコストを惜しんで距離を取った場所、あるいは関税や制裁という「鞭」で叩いた場所には、必ず別の秩序が入り込む。その空白を、いま最も巧みに、しかも目立たない形で埋めているのが、中国の習近平政権である。
かつてモンロー主義が支配した中南米、すなわち米国の「裏庭」は、もはや裏庭ではない。ペルーのチャンカイ港、ブラジル各地に広がる中国製EVの生産拠点、エネルギーや通信インフラへの深い関与。これらは個別の投資案件ではなく、「米国抜きでも回る経済圏」という巨大な面が、すでに静かに形成されつつあることを示している。米国が守ろうとしているのは国境線と同盟という「地図」だが、中国が書き換えているのは、その地図の下にある人々の日常、すなわち生活基盤である。地図は変わらないが、生活が変わる。この違いこそが、21世紀の覇権争いの本質である。
中国の影響力拡大を、「港を奪う」「債務の罠」といった古い語彙だけで説明するのは、もはや現実を捉えていない。現在の中国の浸透は、はるかに洗練され、深い。彼らが輸出しているのはコンクリートや鉄骨ではなく、社会そのものを動かすオペレーティング・システム(基本ソフト)、すなわち社会OSである。
その第一層がエネルギーOSだ。中国製EV、太陽光パネル、蓄電池、送電網は、脱炭素とエネルギー安定を同時に実現する「即効薬」として都市生活の中枢に入り込む。重要なのは製品単体ではない。充電規格、部材調達、整備網、電力制御までが一体で提供され、都市の血管そのものが中国仕様に書き換えられていく点にある。

